梅崎桜丞

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(うめざき おうすけ)

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梅崎桜丞

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2019

市役所前(鹿児島)駅

焼き鳥

鹿児島にいる ある女性の幸せが 未来永劫続けばと 願うのは 利己的だろうか。 暖簾が耳をかすり 右手で戸を開け店内を見渡す。 6席に隠れていた7席目が 私を招き 私は落ち着いた。 名山堀の風貌を内面化 されたような店の中。 「時間が止まっているようだ」 私は芋焼酎をポットに入った お湯で割りながら そうつぶやいた。 女将は私に微笑むと 目の前で腕を動かし始めた。 ・特大︎きな粉もち ・玉子焼き ・揚げ物盛合わせ ・おでん盛合わせ コップの焼酎が無くなる頃合いに 合わせ、だされる料理。 私の腹はもう入らないと言うが 女将の手の温もりを感じると 胃の物は私の心臓へと 居場所を変えていった。 どれくらい時間が経ったのだろうか。 一人の私は、いつの間にか客同士 一体になっていた。 私と同じように 出張者もいれば 地元の者もいる。 常連客もいれば 地元ながら初めての者もいる。 皆混ざり 大きな湯船に浸かりながら 酒と肴と女将の笑顔で 謳歌する。 昭和60年この店は始まった。 店と女将の月日が 34年を過ぎたと認識すると 私の頭の中で 歓迎できない言葉がよぎる。 「時間の限り」 私は途端に考えた。 もし、この店だけの時間を 止めることができる時計が 私の目の前にあるのならば その時計の電池を抜き 見つからないよう 時計を隠すだろう。 あと 27時間10分25秒後に 時代が変わる。 だが、この店と女将は 何も変わらない。 「なぜか?」 それは、変わってほしくないと願う 客の想いが、そうさせているからだ。 鹿児島にいる ある女性の幸せが 未来永劫続けばと 願うのは 利己的だろうか。 あるいは 利他的だろうか。 いや 私は後者ではない。 私は 女将の 永遠の幸せを願う 「 EGOIST 」

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2019

西鉄平尾駅

カフェ

4月13日 微かに残る肌寒さと 同棲する春空は 儚い情熱が燃え尽きる 摂氏温度を想像させる。 肩をぶつけた車窓から 時折ビルに映る 眩しい夕陽を見ながら そう思い 車内の静けさに よりかかった。 こんな空っぽで 穏やかな気分はそうない。 平尾駅で開いた 列車の扉から吹く風は どこか心地良かった。 【 CHOCOLATE BAR 】 「トン、トン、トン、トン」 「グツ、グツ、グツ、グツ...」 「美味しそうな音だ」 シックな灰色のコンクリートの壁に 料理を作る音と軽調な音楽が響くと 店内の装いはカジュアルに変わり 休日の夕方にある気楽感が漂う。 フルボディの赤ワインを 一杯嗜んだ後の余韻に似た フランクな雰囲気だ。 ⚫︎ワインのおつまみ盛り合わせ ・イタリア産フレッシュオリーブ 瑞々しさがあり上品。 欧州らしさある真のオリーブ。 ・サバのリエット カレー風味が混ざった鯖の苦味が 絶妙で食欲をそそる。 ミディアムボディの赤ワインと 相性が合うだろう。 ・糸島豚のパテドカンパーニュ 濃厚だが、さっぱりとして クセがないが旨味はしっかりある。 マスタードと合わせると ワインがすすむ。 ・生ハム さりげない良質を感じる。 甘いがビターな存在。 ⚫︎US産 牛のハラミ 柔らかい肉にバルサミコソースと マスタードがたっぷりかけられている。 肉の下にある春の野菜は ソラマメ、インゲン、コーン、芽キャベツ 小さなバーベキューのようで アメリカンフレンチと言ったところだ。 小粋。 ⚫︎リゾットカレー リゾットとカレー 二つの主役が一つの主役になった。 贅沢な一皿。 豊満なチーズの香りと クリーミーなチキンカレー 光る米粒がスプーンを動かす。 唐辛子ソースで違う楽しみを生む。 これまた粋だ。 ⚫︎チョコレイトバー シナモンのクリームに カカオの欠片が散らばる。 清純な甘いクリームチーズを 食べているようだ。 チョコレイトは独特な濃厚を持ち きめ細かな凝縮されたケーキの ように硬さと柔らかさがある。 ポップだが落ち着いた重みを感じる。 美味い。 窓の外は暗くなっていた。 私を照らす柔らかいライトは 緩い時間を間伸びさせ 居心地の良さへと誘った。 そして、私はいつしか 毒が抜けたように身も心も 空っぽになっていた。 客の小声も音色のように 聞こえてきた。 きっと 優しくて 明るい 「店主夫婦のせいだ」 どうやら また一つ、店を 愛してしまったようだ。 店主夫婦に見送られ ゆっくりと歩を進めた。 桜が舞い散り 花びらの美しい絨毯(じゅうたん)が 私を包む。 枝を覗けば うすい紫みの赤のそばで 緑の葉が見え隠れ その葉の香りは 恋のような香りだった。

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2019

香椎駅

フランス料理

「三月」 「雨」 タクシーの後部座席から 降り続く銀斜線を眺めていた。 住宅街の中心を走っているのは あからさまだった。 故に過ぎゆく誰しも、私が フランス料理店に向かっているとは 思わないだろう。 車は家に挟まれた小道に入り 高台を目指した。 頂上から数メートル下ったところで 車は止まり、降り立つと 歳を重ねた邸宅があった。 【 颯香亭 そうかてい 】 玄関を開けると、和風建築の美学が 浮流する造りに懐かしさを感じる。 廊下を進みシェフと会話ができる テーブル席へと通された。 個室であればシェフと会うことは なかっただろう。 そう思いながら 席に座り内観を楽しむ。 中庭にある植木の葉から滴る 雨粒を数える余裕が 私にはあった。 軽やかに流れるジャズは 食後の惰性を匂わせ もはや私の心は中立 だった。 ⚪︎アミューズ 二種 ・枝に似せた菓子 糸島産の小麦粉で生地を作り フォアグラのクリームを乗せ 朝倉のタデを添える。 童話にでてくる甘さある枝を 食しているような そんな味覚だ。 素晴らしい。 ・雲丹サンド 雲丹ムースを きな粉で作った生地で挟む。 ムースの柔らかさが広がると パリッとした甘い生地が口の中で砕け 苦さと甘さのバランサーの役目を担う。 絶妙なアミューズ。 ⚪︎冷前菜 海老、朝倉のカブ 糸島のラディッシュ これらをスープ状にし固形化 されたもの。 和のテイストを強調している。 生け花のように華やかで 美しき料理。 ⚪︎温前菜 自然薯のフラン、朝倉の菜の花 天草のハマグリらをまろやかに 高温で仕立てたスープ。 臨場感が表現されている 風味深い品。 素晴らしい。 ⚪︎冷前菜 天草の水イカ 野菜の盛り合せに 佐賀産のアスパラ 糸島のナスタチュームを使う。 森そのものを 食しているかのような 感覚になる。 新鮮より更に上級にある。 もはや、ライブ。 ⚪︎魚料理 甘いクリームソースが 天草のサワラを包み 宗像の美を放つフェンネルが 添えられている。 上質な鶏肉を思わせ 繊細過ぎる香りが広がる。 気品がある。 ⚪︎メイン 焼かれた希少種、ベジョータ種の イベリコ豚にケール、島らっきょうが 背に重なる。 今までのコンセプトとは全く異なる。 一転してエキゾチック。 潔い大花火を見ているような食感。 シェフの本領に驚きを隠せない。 ⚪︎デザート 大きなイチゴの下には 八女茶のペーストが敷かれ 側に特別なクリームが 添えられている。 全てを液体窒素で 固め香りや甘味が凝縮 されている。 アミューズから魚料理までは フジ子・ヘミングの 「春の宵」のように繊細で優美。 花に例えるなら 穏やかで暖かい春風に揺れる 木漏れ日が落ちた 「アネモネ」 メインは ラヴェルの 「ボレロ」のように 目が覚めるほどの圧倒的な 力強いフィナーレを演じる。 春に咲く妖艶な ラナンキュラスの 美しさもある。 デザートは 向日葵畑で微笑む 少女のように 切なく可憐だ。 テーブルから目に入る棚には 世界中の料理の文献が並んでいた。 「料理を」 「愛しているのですね」 私は瞼を閉じ 想像してみた。 私がいただいた食材は 原形のまま産地で春を待っていた。 食べごろを迎えた彼らは、いつしか とても優しく柔らかで透明な糸に 包まれ、この場所へやってきた。 そして、生を与えられた。 作るでもなく。 飾るでもない。 生かす。 シェフの料理は 【 生きている 】 自然から摘み取り テーブルという 自然へとリリースする。 食す者は、全ては一つに 繋がっているのではと 感じてしまう。 【Cuisine francaise très élégante】 「三月」 「雨」 タクシーの中に私はいる。 近いようで遠い存在だった 颯香亭へと 向かっている。 静止した感情で外を見ていた。 車窓にぶつかる無数の雨は この小さな嵐が終わると 春がやってくると 私に伝えているようだった。 そして 私が この文を書き終え 電子の世界に 放つころ 街中では 桜が咲き誇り 春が満ち溢れている ことだろう。

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excellent

花畑町(旧:熊本城前)駅

バー

1912年 タイタニックが 処女航海をした年だった。 この年、日本は大正へと 元号を更新する。 私がいる現代と同じように 時代が変わる実感もなく 皆、自分を守るように 無造作な新たなフォーマットを 手探りで自ら造るしかなかった。 そんな年に シリアルナンバーが打刻され 一つの蓄音機が生まれた。 これから先、この蓄音機が 長い旅をするなんて誰も 想像できなかっただろう。 手を加えた製造者すら。 いや、できる者がいるとしたら Walt Disneyぐらいだろうか。 1984年 3月 「熊本」 一つのBARが産声を上げるように 初めて明かりを灯した。 「客が主役」 そうやって客の喜びを 側で感じた店主が喜び また、それを 居心地の良さと客が喜ぶ。 時には嫌なことも 悲しいこともあった。 いつしか、互いの信頼は 積み重なり気付けば 34年の月日が過ぎていた。 2018年 12月 「熊本」 先の悲しい出来事が 消えぬ胸に 皆、未来を秘める。 その「情熱」は 無数の足音へと姿を移し 早く時代の更新を乞うように コンクリートの地面を 奏でる。 私は、そのコンクリートで 足並みを揃え 店に辿り着いた。 【 BAR STATES 】 店の中で霧のような薄煙が 天女の羽衣のように舞っていた。 「誰かが、嗜んだ後だろか」 そう思っていると 果実の甘い香りが水平に 漂い始めた。 カウンターの先 テーブル席の真ん中に 古びているも黒や茶に 光沢を纏った蓄音機が 目に付いた。 「やけに古い蓄音機だな」 「きっとオブジェだろう」 クラシカルな雰囲気に 身を委ね、薄暗い照明に 気を落ち着かせる。 シェーカーが振られると 何処からか静かな鼓動の 高鳴りが降ってくるようだった。 ウイスキーを口にし 少し、お喋りをした。 どれだけ時が過ぎたかは 覚えていない。 ふと、周りを見ると 誰もいなかった どこの店にもある 他愛もない光景だ。 店主がテーブル席を 横切り 「1912年生まれ」 だと呟き 蓄音機に触れると 針がレコードを指した。 流れたのは 1936年 ダミア 独唱 「暗い日曜日」 世界を揺るがすほどの 最高傑作であり 最高の問題作 100年以上前に生まれた機械が 80年以上前に生まれた音楽を 響かせる。 それは 「再生」と言うよりは 「蘇生」だった。 私の視界の先は銀幕になり 途切れ途切れの フィルムの世界が広がる。 そこには悲しむ女性の姿が 無情にも写っていた。 もはや嗅覚さえ あたかも、その時代にいるように 思えた。 今までにない感覚に浸っていた。 曲の最後に届かぬまま突然 「ブツッ」と白黒の音が途絶えると 視界の先は酒のボトルが等間隔で 並んでいた。 誰もいなかった店に新たな客が 来店した為、店主は礼儀として 音を止めた。 そう私は察した。 これが店主の人。 いっときの間を終え 立ち眩みに似た感覚があるも グラスの中のウイスキーが絡んだ 角氷を見ながら 冷静に考えてみた。 「いや」 感じてみたんだ。 私は紛れもなく 過去に行き 現在に戻った。 何だったのだろうか。 きっと 「店主に仕組まれた粋な演出」 心臓から爪の先まで行き渡った 美しき浪漫を どうやら与えられたようだ。 うっとりとしながら 店主や客の声が交錯する 視界の先を見ていた。 先ほどとは違う 等間隔ではない まばらな酒のボトルが並んでいた。 何者にも代え難い時間が 流れていた。 店主の人間に触れていると 妙に落ち着く。 何とも言えない魅力がある。 劇場は オーセンティックに 彩られた店の造り。 酒という楽譜が 誇りある優雅な蓄音機から 音楽を導くと 店主が指揮を執る。 客はその舞台の 中央に立つ そう 「主役」だ。 華麗な演舞を終え 幕が下りると 喝采は止まなかった。 店主が 見送る笑顔のように。 2019年 3月 【 BAR STATES 】は 35年を迎える。

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excellent

大分駅

カフェ

オーナーである友人と出会ったのは 18年前、福岡の行きつけのBARだった。 彼はイタリアンで修行をしていたから たまに腕を振るってくれた。 彼に会うと、彼はいつも笑顔だった とても嬉しそうな笑顔で とても柔らかい笑顔で とても優しい笑顔で 人懐っこい笑顔で そんな彼が 大分県で店をやっていると 聞いて嬉しかった。 そして、10年ぶりの再会だった。 パンケーキを得意とするカフェ 【 LANI cafe PLACE 】 ・あまおうパンケーキ 生クリームと、契約農家直送の あまおうが、たっぷり盛られている。 ケーキの大きさに驚いてしまい 眺めているだけで満足できる。 柔らかくフォークで触れると 縮まる生地はマシュマロのようだ。 進むにつれて現れる冷たいアイス。 それが生地に染み渡ると しなやかな冷製ケーキへと変わる。 パイ生地が散らばり ナポレオンケーキを思わせ さりげなくピスタチオが飾られる。 これは美味い。 ・オーナーのおまかせパスタ メニューにない特製パスタだ。 特別に作ってもらった。 クリームソースをベースに カリフラワー、ブロッコリー チーズ、エビにトマトソースが 和えられ最後にシソが重なる。 パスタの丁度良い固さ さりげない素材のミックスと 濃厚なクリームソースに 5パーセントのトマトの酸味がある。 しっかり基本があって 少しポップに和える。 そして 火傷するほどの熱さ。 とても美味い。 彼らしい 「料理」 彼らしい 「明るくて、やわらかい店」 食を終わらせ ワインやサングリアを 気楽に飲みながら 小説の世界に 閉じこもり 静かな夜のカフェで 長夜に浸る。 こんな 過ごし方も いいもんだ。 会計を済ませ ドアの先にある寒そうな外を 見ていると少し心細くなる。 だけど 相変わらずの 彼の優しい笑顔で 見送られると 体が自然と温まる。 変わるものもあれば 変わらないものもある ただ 「変わらない温もり... 」 私は、それが好きだ。 また来るよ。 ありがとう。