梅崎桜丞

梅崎桜丞さんの My best 2018

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福岡県

日本料理

梅崎桜丞

春吉から渡辺通りへと歩く。 そっけない冬の空気が マフラーの隙間から肌に 触れようとしている。 街灯が疎らな町の境は 静けさと暗闇に包まれていた。 何かを探すように 私の黒い靴が 「こつっ」 「こつっ」 と音を鳴らす。 足が止まった先に見えるのは 光が閉ざされた中、身を潜め 角(かど)を立たせた 店だった。 扉を開けると ほどよい空間の小箱が 優しい温もりで歓迎してくれた。 今宵も、ひっそりと 大人の時間が始まる。 ・造り 盛り合わせ 雲丹、烏賊、アラ、鯛 鮪、トロ、太刀魚、鮑 名高い海の役者達が並ぶ。 身に浮かぶ脂は新鮮さを際立たせる。 鮨屋に似た手の温もりを感じる。 柔らかい鮑を食べると息つく間もなく 無意識に日本酒へと手が伸びた。 ・鱈白子の天婦羅 「サクッ」と上質な衣を噛み切る。 その先には、まろやかで透明感ある 白子がいた。舌の上でゆっくりと 溶けていく。 ・毛蟹の土佐酢 小さな器を覗くと毛蟹の足何本もの 身が「ぎゅっ」と詰まっていた。 その身を鰹節の効いた合わせ酢で いただく。北海道と高知の共演。 なんとも贅沢。 ・ポテトサラダ ポテトサラダは、その店のなり。 私が勝手に作った、店を知る為の一品だ。 「角と」のポテトサラダは乾きがなく 作りたての、しっとりさがある。 ある程度具材はわかる。しかし まだ他にある。それがわからない。 ただ、、ただ 、、美味い。 ・日本酒 新潟 清泉 山形 磐城 寿 宮城 乾坤一 ・焼酎 鹿児島 マムシ 厳選された食材で丁寧に作られた 料理は八面六臂(はちめんろっぴ) の輝きを持ち、深い色気で誘惑する。 美味い酒は謙虚に店を 仄(ほの)めかす。 そうやって何度もファンを 魅了する。 「おもてなしを忘れない」 「大人の店」 優しい笑顔で 私を見送る店主が 無言で私に そう語って いるようだった。 心に残るお料理でした。 ありがとうございました。 心からご冥福をお祈りいたします。

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福岡県

和食

梅崎桜丞

午後 五時半 天神駅から 空を見上げると もう暗い 闇を背景に ゆっくりと旋回する 飛行機に縛られた赤色の閃光灯を 目で追うと 立派な建物に棲みついた 光の装飾へと消えていった。 街は休日で賑わっている。 リズミカルな人の足音と 1オクターブ高い人の談笑が 薄桜で編まれたように 行き交う人達が 輝いている。 人の鼓動が より一層に美しく思える季節が 始まったのだと 確信した瞬間だった。 ・前菜 山形 栗の渋皮煮 大分 銀杏 福岡 朝倉の落花生 おおまさり 福島 あんぽ柿とチーズ和え 新たな季節を感じさせる前菜ら。 美食に相応しい顔ぶれ 美味。 ・刺身 福岡 鐘崎のクエ 大分 ミズイカ 鹿児島 ハガツオ 鳥取 チビキ 長崎 ダルマ鯛 福岡 糸島 またいちの塩 清水寺の舞台で舞っているような 存在感。 刺身好きの私にとっては 溢れんばかりの 完璧な演出だ。 ・茶碗蒸し 北海道 タラ白子の茶碗蒸し 特大の白子を割り、口にすると 限りなく濃厚且つ溶け込む白子に 甘えてしまいそうだ。 魚介の深みある出汁も良い。 ・揚げ物 福岡 相島 サワラの揚げ 焼いた後、揚げる手間に 愛情を感じる。 サワラも野菜らに囲まれ 喜んでいるようだ。 自家製肉味噌とカラスミを 触れると料理の独創性へと 意識が飛ぶ。 ・サラダ 長崎 対馬のカジキマグロ 佐賀 イチジク バルサミコ酢を効かせながら 個が生かされる。 さりげないナッツが舌をせかす。 これほど美味いサラダを いただいたことがない。 素材が企んだ悪戯なサラダ。 ・メイン 福岡 鐘崎産クエ 梅のあんかけ 軽く表面に火が入っている。 壮大な身の大きさ。 これほど豊かなクエを いただいたことがない。 贅沢過ぎるほどの、きめ細かさ そこに酸味が効くあんをかけ 中華的な風味で更に楽しむ。 表現のしようがなく ただ至福に浸るだけだ。 現代語を使うなら 「やばい」だ 。 ・飯物 大分 ムカゴのご飯 旬を米に乗じた素晴らしい飯。 不意に懐かしさが胸をめぐらせる。 メインの梅のあんかけと漬物を 飯に乗せいただくと 瞬く間に気品が 飛び散る。 ・デザート 大分 カボスのアイス 口に広がる大分の甘酸っぱさ 凍った皮が凛として さりげなく頂に立つ。 頬が緩む。 ・酒 島根 純米吟醸 王祿 生原酒 広島 純米吟醸 宝剣 佐賀 純米大吟醸 鍋島 魚の本性を見せられた 魚のフルコースは 潤沢過ぎるほどの美味。 違いを舌で主張させる。 店主の想いがあるからこそ 成せる業。 「美しい」 私はそう思った。 【 大どころ 】 海を心得た 店 扉を開け店を出ると 現実に戻った。 細長の窓から見える さっきまで居た 店の世界に 心引きずる。 「11月」 「冷えてきた」 「あたりまえか」 「もうすぐ冬だ」 あなたのコート姿に こっそりと 見惚れる 私の、ささやかな楽しみ 私の、ささやかな 「秘密」 誰も知ることはない 「12月」 「長い冬が」 「始まる」

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佐賀県

イタリア料理

梅崎桜丞

離島、松島で唯一無二のイタリアン。 夢のようなレストランだった。 午前5時 ベッドの中で枕を抱いている。 カーテンの隙間から 僅かに入り込む朝陽を 冷静に見ていた。 発車時刻まで あと 一時間。 眠れなかった。 次の日の遠足が楽しみで 夜、目が冴えたままの 子供のように。 そのせいか、列車で揺られる間は うつらうつら。 そんな一人旅の始まり。 列車とバスを乗り継ぎ 呼子港から船に乗り込む。 十数分走ると ノットが落ちてきた 外に飛び出し 目を凝らす。 その先に見えたのは 太陽の光を全てに浴び 周りの命を全て囲った 独立した生命体のような 島だった。 船を降り、島の地を踏む。 店主が迎えに来てくれていた。 車に乗り店主の自宅兼 レストランへと到着し中へと進む。 目の前には私の一席 居合わせた、ご夫婦の二席だけ。 視線が窓の外に向く。 映ったものは 山に挟まれた港と表情を変える海 そして、港を見守る教会が 望める芸術的な絶景だった。 本日の食材 クエ、鮑、真鯛、アラカブ メジナ、ムツ、ムール貝 亀の手、サザエ、赤雲丹 店主の父(海士)が 島で獲った魚介。 命を使いきった魚達は ダイヤのように煌めいていた。 午前10時半過ぎ イタリアンのフルコースが始まる。 ・サザエのガーリックバター焼き 香ばしい香草とガーリック サザエの香りが混ざり立つ。 福岡でもいただいた私の好物。 パンにサザエの煮汁をこぼし いただく。 ・前菜の盛り合わせ キビナゴのカルピオーネ 白トリュフのチーズ揚げ ブロッコリーと鮑のペペロンチーノ ほうれん草とベーコンのキッシュ 他 カラフルで生命力を感じる。 涼しげな味だが繊細。 ・カルパッチョ(刺身造り) 赤雲丹、サザエ、鮑 アオリイカ、クエ、メジナ、ムツ きめ細かな繊維を持つ 極上な魚達。 割れながらもトゲを動かす 赤雲丹は五芒星(ごぼうせい) のように美しく、舌の上で 鮮やかに姿をかくす。 ・特大ムール貝のグラタン こんがり焼かれたグラタンに 包まれ、ムール貝の旨味が 詰まっている。 熱々のホワイトソースに抱かれ ムール貝は喜んでいるようだ。 有田焼きの器も粋だ。 ・パスタ アラカブ、春キャベツ、トマト のオイルパスタ。 肉質良きアラカブに トマトとオイルが和えられ カルパッチョのような食感になる。 器に散らばるカラスミをパスタに 落とせば顔つきが変わる。 ・アクアパッツァ クエ、ワタリガニ、浅利、 ムール貝、亀の手と豊富。 調味料は使用しない。 指や口元が汚れても構わない。 最高のアクアパッツァを ありのままでいただきたい。 奇跡的に調和した マツシマ最高の一品。 ・リゾット アクアパッツァの出汁からとった ウニ乗せリゾット。 あれだけの食材の出汁が スプーン中に凝縮する。 今までのコースの感動が 遡り重複する。 一瞬で。 ・デザート あまおう、さがほのか、とよのか の苺ソースとバニラアイス。 贅沢過ぎるほどの糖度。 甘さだけで終わらせない たまに感じる渋さが 人の感情のようだ。 情熱的で真っ直ぐ 謙虚で素直で優しい料理。 世界に一つしかない 松島の魚、野菜を 愛情で仕上げた 素晴らしい料理。 店主の人柄 そのままだった。 「世界に一つしかない」 「イタリアン」 テーブルから景色を みつめる。 海風で緑が 心地よさそうに踊る。 漁船がゆっくり無言で 島を通り過ぎる。 海面で反射する太陽の光が 無数にゆらめく。 島の丘から風が港へと下降する。 その風は波を外へと 押し返す。 そのとき 帯状に線を描き、さざ波となった。 鳥が水面を飛行するように 逆流していく。 美しい。 風が生き物のように 舞っているようだ。 港に立ち海を眺める。 どこか地中海に似ていた。 18歳の5月 モナコの港で デスペラドスを片手に ラッキーストライクをふかす。 青緑の海を見ながら 生意気にも小慣れたように 私は浸っていた。 ふと、思い出した。 出航の時間だ。 船に乗り込み 進みだす。 海の先を見つめていると 視線を感じ振り返る。 私は、ぽつんと腰をおろした 教会と目が合った。 「島の守り神... か..」 さようなら 「松島」 さようなら 「マツシマ」 波止場から両手で 大きく手を振り続ける店主が 遠くなっていく。 島が遠くなっていく。 別れが悲しい。 消えないで欲しい。 消えないでくれ。 そして 消えていった。 夢のように。 「ありがとう」 最高のレストラン 「リストランテ マツシマ」

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福岡県

日本料理

梅崎桜丞

店主に見送られ店を出ると すっかり真っ暗だった。 腕時計を見ると午後九時を 回っている。 水路を横目に薬院駅へ向かう。 今夜は秋夜に似た肌感。 少し乾いた気持ち良い風は シャツのボタンを 二つ外した隙間から 私の胸に触れると 店で感じた悦楽と 現実に身を置く 脱力だけを残し そっけなく どこかへ行った。 私は、まだ気付いていなかった。 今、ここに 私の心が 無いことを。 午後六時。 片開きの門扉を過ぎ 敷石とアプローチライトに 誘われながら一歩一歩 入り口へと近づく 店内の様子が、かろうじて見える ガラス張りの扉を開けると 淡香(うすこう)に 包まれた端正な静けさが 広がっていた。 カウンターに進み 整った席へ。 椅子を引きずる音さえ 心地よく感じた。 ビールを頼むと女将が 注いでくれる。 些細な気遣いは嬉しいものだ。 店内をさりげなく見渡し 一息つく。 何と言うべきか 心ゆるびが許される 理想的な空間。 これは料理が楽しみだ。 ・赤貝とハマグリ 塩で締まった身に 焼き茄子で作られた泡が 乗っている。 塩辛さと茄子の苦味が添い 下の胡瓜の酸味で変化させる。 複雑だがインパクトは満点。 ・アラの刺身 やはりアラは美味い。 時にはメカブの薬味を刺身で巻く 時には刺身を紫蘇の葉で巻く 時には胡瓜漬けで追従させる。 楽しみ方は十色だ。 ・ハガツオと穴子、海老のすり身 ハガツオらしく、しっとり柔らか。 すり身らは、ハモのような とっつきにくさもあるが美味い。 ヤリイカと焼き茄子が混ざり 更に赤、青の薬味で包まれ エアプランツの花のように 添えられていた。 良く噛みしめると茄子の香りが イカの甘味に絡みつく。 薬味のピリっとしたアクセントが 爽快感を思わせる。 この一皿は絶妙だ。 ・鮎のムースと身と尻尾 ムースは涼やかで季節感 を演出する。 身は繊細な焼き加減。 尻尾は良き肴。 鮎の肝ソースは 苦味で上品に皿を纏める。 ・アジとハーブの海苔巻き 手で掴み、一口でいただく。 ハーブの辛味がアジを踊らせ 海苔の香りが二つを包む。 バランスがとれている。 こんな食感は初めてだ。 ・椀物 鯛と海老の真薯(しんじょ) トウモロコシのお餅 どれも風味豊か。 両者は共に香味を主張し 最高の出汁となる。 ・焼き物 表は焼かれ中は柔らか。 ブリュレに似ている。 デザートのような食感。 進み、メダイの身を捕らえると 和へと引き戻された。 新玉ねぎと蛸が そっと存在感をだす。 ・揚げ物 キス、メヒカリ 福岡では珍しいメヒカリ。 新鮮さがあり本場で いただくような錯覚を覚える。 薬味メジナのさっぱり感も良い。 ・鴨肉 香ばしい鴨肉は 胡椒が効いている。 白髪ネギの風味も良い。 飛ばないスパイスは ネギボウズの花だった。 これも面白い。 上品だ。 ・ご飯物 オクラと釜揚げシラスのご飯。 一人に一合とは驚く。 メカブ入りオクラとシラスだけでも 良い組み合わせ。 そこに黒米が散らばり深みある 飯となる。 最高に美味い。 最高の〆。 余った飯は店主に握られ 土産となる。 嬉しい心遣い。 ・日本酒 秋田 純米吟醸 角右衛門 夏酒 高知 純米吟醸 土佐しらぎく 美潮 香川 純米 悦凱陣 コースで使われている器に 江戸時代のものもある。 時代を黙認してきた器に 繊細な料理で彩る。 個性的な表現法は 芸術的。 独特ではない。 先を行く創作和食。 才能の押し付けもしない。 もてはやされずともよい。 自分らしく。 誰かに喜んで貰えたら それでよい。 情緒を奏で音楽性がある料理らが そう語っているようだった。 それは 店主の優しさや 思いやりが垣間見える 「人」 なのだろう。 私は密かに共感した。 秘密にしたい 特別な店。 午後五時四十五分 地下鉄を降り地上に出ると ビルに反射した 三時のような六時の陽が 私の左目を遮る。 左手で眉を隠す。 それは いつもとは違う 何かが起こる予感だった。

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福岡県

イタリア料理

梅崎桜丞

日曜日の夜 警固の道路には 誰もいなかった。 風さえも。 雨さえも。 雨水を吸い、乾きだした アスファルトも無表情で 小説の世界を 可視化したような 寂しさがあった。 人影が無いとは このことだろう。 マラソン大会の後は こんなもの、なのだろうか。 そう思いつつ 午後六時に開くはずの 扉を待ち望みながら 壁に寄りかかっていた。 この端末を触りながら。 緑の扉が開いた。 意外な店の灯りを見て いい店だと瞬く間に理解した。 カントリー調の音楽が流れている。 白い壁と木目の床を白色灯が やわらかく照らしている。 厨房から沸き立つ湯気の香りを 感じなら室温の暖かさに 身を捨てると 体温が優しく上がってきた。 笑顔とともに料理が運ばれきた。 ・烏賊と蕎麦の実の詰め物 ピリ辛トマトソース 米に似た蕎麦の実は烏賊の旨味と トマトソースが染み込んでいて 美味い。ヒリヒリとくる辛さも たまに顔を出す。 とても良い。 ・渡り蟹のパスタ 良い歯応え 甲羅、殻からとった出汁が色濃く ソースへと滲み出る。 さきほどのトマトソースとは別物。 蟹の香り旨味が効いている。 酸味は薄く見た目に反して あっさりだ。 白ワインと合う。 丁寧な仕込みからなる一皿。 これまた良い。 ・ハンガリー産 鴨の瞬間藁スモーク いつの間にか店中に燻しの香りが 立ち込めた。 鍋の中でじっくり時間をかけ 燻された鴨肉はスモーキー。 藁でほぐされた絶妙な柔らかさがある。 ナッツ、赤カブのソース、 マスタードの三種で楽しむ。 美味い。 ・林檎のパンナコッタと キャラメルジェラートサンド パンナコッタとジェラートを 林檎チップで挟む。 出来映えにナイフは躊躇する。 林檎とキャラメルの甘さは おとぎ話に出てくるような ふんわりとした甘味。 皿に散らばったショコラ と竹炭の砕かれたビスケットが シックに大人の色気をだす。 絶品だ。 デザートを終え 無性にバーボンを 欲した。 目の前でちらつく エヴァン・ウィリアムスは 広島 呉を思い出させた。 「これにしよう」 「余韻に浸る」 悪くない言葉だ。 腕時計をしている自分が 少し憎らしい。 ゆったりした 日曜日の夜。 いいものだ。 「人を愛する時間に似ている」 「このまま時が止まればいい」 「そう思うのは傲慢だろうか」 店の中で喧嘩をしていた夫婦客は 料理をたいらげると いつしか呼吸を合わせ 満足気な溜息をついていた。 私が言いたいことは これだけだ。 店を出ると、もはや静けさは あたりまえのようだった。 振り返って雑居ビルに佇む 店の灯りをしばらく見つめていた。 未来からこれを書いている私は 最後に、こう綴った。 人を幸せにするイタリアン 【 フィリペペ 】 いい店だった。 Merry Christmas