梅崎桜丞

梅崎桜丞さんの My best 2019

シェアする

  • facebook
1

福岡県

フランス料理

梅崎桜丞

「三月」 「雨」 タクシーの後部座席から 降り続く銀斜線を眺めていた。 住宅街の中心を走っているのは あからさまだった。 故に過ぎゆく誰しも、私が フランス料理店に向かっているとは 思わないだろう。 車は家に挟まれた小道に入り 高台を目指した。 頂上から数メートル下ったところで 車は止まり、降り立つと 歳を重ねた邸宅があった。 【 颯香亭 そうかてい 】 玄関を開けると、和風建築の美学が 浮流する造りに懐かしさを感じる。 廊下を進みシェフと会話ができる テーブル席へと通された。 個室であればシェフと会うことは なかっただろう。 そう思いながら 席に座り内観を楽しむ。 中庭にある植木の葉から滴る 雨粒を数える余裕が 私にはあった。 軽やかに流れるジャズは 食後の惰性を匂わせ もはや私の心は中立 だった。 ⚪︎アミューズ 二種 ・枝に似せた菓子 糸島産の小麦粉で生地を作り フォアグラのクリームを乗せ 朝倉のタデを添える。 童話にでてくる甘さある枝を 食しているような そんな味覚だ。 素晴らしい。 ・雲丹サンド 雲丹ムースを きな粉で作った生地で挟む。 ムースの柔らかさが広がると パリッとした甘い生地が口の中で砕け 苦さと甘さのバランサーの役目を担う。 絶妙なアミューズ。 ⚪︎冷前菜 海老、朝倉のカブ 糸島のラディッシュ これらをスープ状にし固形化 されたもの。 和のテイストを強調している。 生け花のように華やかで 美しき料理。 ⚪︎温前菜 自然薯のフラン、朝倉の菜の花 天草のハマグリらをまろやかに 高温で仕立てたスープ。 臨場感が表現されている 風味深い品。 素晴らしい。 ⚪︎冷前菜 天草の水イカ 野菜の盛り合せに 佐賀産のアスパラ 糸島のナスタチュームを使う。 森そのものを 食しているかのような 感覚になる。 新鮮より更に上級にある。 もはや、ライブ。 ⚪︎魚料理 甘いクリームソースが 天草のサワラを包み 宗像の美を放つフェンネルが 添えられている。 上質な鶏肉を思わせ 繊細過ぎる香りが広がる。 気品がある。 ⚪︎メイン 焼かれた希少種、ベジョータ種の イベリコ豚にケール、島らっきょうが 背に重なる。 今までのコンセプトとは全く異なる。 一転してエキゾチック。 潔い大花火を見ているような食感。 シェフの本領に驚きを隠せない。 ⚪︎デザート 大きなイチゴの下には 八女茶のペーストが敷かれ 側に特別なクリームが 添えられている。 全てを液体窒素で 固め香りや甘味が凝縮 されている。 アミューズから魚料理までは フジ子・ヘミングの 「春の宵」のように繊細で優美。 花に例えるなら 穏やかで暖かい春風に揺れる 木漏れ日が落ちた 「アネモネ」 メインは ラヴェルの 「ボレロ」のように 目が覚めるほどの圧倒的な 力強いフィナーレを演じる。 春に咲く妖艶な ラナンキュラスの 美しさもある。 デザートは 向日葵畑で微笑む 少女のように 切なく可憐だ。 テーブルから目に入る棚には 世界中の料理の文献が並んでいた。 「料理を」 「愛しているのですね」 私は瞼を閉じ 想像してみた。 私がいただいた食材は 原形のまま産地で春を待っていた。 食べごろを迎えた彼らは、いつしか とても優しく柔らかで透明な糸に 包まれ、この場所へやってきた。 そして、生を与えられた。 作るでもなく。 飾るでもない。 生かす。 シェフの料理は 【 生きている 】 自然から摘み取り テーブルという 自然へとリリースする。 食す者は、全ては一つに 繋がっているのではと 感じてしまう。 【Cuisine francaise très élégante】 「三月」 「雨」 タクシーの中に私はいる。 近いようで遠い存在だった 颯香亭へと 向かっている。 静止した感情で外を見ていた。 車窓にぶつかる無数の雨は この小さな嵐が終わると 春がやってくると 私に伝えているようだった。 そして 私が この文を書き終え 電子の世界に 放つころ 街中では 桜が咲き誇り 春が満ち溢れている ことだろう。

2

鹿児島県

焼き鳥

梅崎桜丞

鹿児島にいる ある女性の幸せが 未来永劫続けばと 願うのは 利己的だろうか。 暖簾が耳をかすり 右手で戸を開け店内を見渡す。 6席に隠れていた7席目が 私を招き 私は落ち着いた。 名山堀の風貌を内面化 されたような店の中。 「時間が止まっているようだ」 私は芋焼酎をポットに入った お湯で割りながら そうつぶやいた。 女将は私に微笑むと 目の前で腕を動かし始めた。 ・特大︎きな粉もち ・玉子焼き ・揚げ物盛合わせ ・おでん盛合わせ コップの焼酎が無くなる頃合いに 合わせ、だされる料理。 私の腹はもう入らないと言うが 女将の手の温もりを感じると 胃の物は私の心臓へと 居場所を変えていった。 どれくらい時間が経ったのだろうか。 一人の私は、いつの間にか客同士 一体になっていた。 私と同じように 出張者もいれば 地元の者もいる。 常連客もいれば 地元ながら初めての者もいる。 皆混ざり 大きな湯船に浸かりながら 酒と肴と女将の笑顔で 謳歌する。 昭和60年この店は始まった。 店と女将の月日が 34年を過ぎたと認識すると 私の頭の中で 歓迎できない言葉がよぎる。 「時間の限り」 私は途端に考えた。 もし、この店だけの時間を 止めることができる時計が 私の目の前にあるのならば その時計の電池を抜き 見つからないよう 時計を隠すだろう。 あと 27時間10分25秒後に 時代が変わる。 だが、この店と女将は 何も変わらない。 「なぜか?」 それは、変わってほしくないと願う 客の想いが、そうさせているからだ。 鹿児島にいる ある女性の幸せが 未来永劫続けばと 願うのは 利己的だろうか。 あるいは 利他的だろうか。 いや 私は後者ではない。 私は 女将の 永遠の幸せを願う 「 EGOIST 」

3

福岡県

カフェ

梅崎桜丞

4月13日 微かに残る肌寒さと 同棲する春空は 儚い情熱が燃え尽きる 摂氏温度を想像させる。 肩をぶつけた車窓から 時折ビルに映る 眩しい夕陽を見ながら そう思い 車内の静けさに よりかかった。 こんな空っぽで 穏やかな気分はそうない。 平尾駅で開いた 列車の扉から吹く風は どこか心地良かった。 【 CHOCOLATE BAR 】 「トン、トン、トン、トン」 「グツ、グツ、グツ、グツ...」 「美味しそうな音だ」 シックな灰色のコンクリートの壁に 料理を作る音と軽調な音楽が響くと 店内の装いはカジュアルに変わり 休日の夕方にある気楽感が漂う。 フルボディの赤ワインを 一杯嗜んだ後の余韻に似た フランクな雰囲気だ。 ⚫︎ワインのおつまみ盛り合わせ ・イタリア産フレッシュオリーブ 瑞々しさがあり上品。 欧州らしさある真のオリーブ。 ・サバのリエット カレー風味が混ざった鯖の苦味が 絶妙で食欲をそそる。 ミディアムボディの赤ワインと 相性が合うだろう。 ・糸島豚のパテドカンパーニュ 濃厚だが、さっぱりとして クセがないが旨味はしっかりある。 マスタードと合わせると ワインがすすむ。 ・生ハム さりげない良質を感じる。 甘いがビターな存在。 ⚫︎US産 牛のハラミ 柔らかい肉にバルサミコソースと マスタードがたっぷりかけられている。 肉の下にある春の野菜は ソラマメ、インゲン、コーン、芽キャベツ 小さなバーベキューのようで アメリカンフレンチと言ったところだ。 小粋。 ⚫︎リゾットカレー リゾットとカレー 二つの主役が一つの主役になった。 贅沢な一皿。 豊満なチーズの香りと クリーミーなチキンカレー 光る米粒がスプーンを動かす。 唐辛子ソースで違う楽しみを生む。 これまた粋だ。 ⚫︎チョコレイトバー シナモンのクリームに カカオの欠片が散らばる。 清純な甘いクリームチーズを 食べているようだ。 チョコレイトは独特な濃厚を持ち きめ細かな凝縮されたケーキの ように硬さと柔らかさがある。 ポップだが落ち着いた重みを感じる。 美味い。 窓の外は暗くなっていた。 私を照らす柔らかいライトは 緩い時間を間伸びさせ 居心地の良さへと誘った。 そして、私はいつしか 毒が抜けたように身も心も 空っぽになっていた。 客の小声も音色のように 聞こえてきた。 きっと 優しくて 明るい 「店主夫婦のせいだ」 どうやら また一つ、店を 愛してしまったようだ。 店主夫婦に見送られ ゆっくりと歩を進めた。 桜が舞い散り 花びらの美しい絨毯(じゅうたん)が 私を包む。 枝を覗けば うすい紫みの赤のそばで 緑の葉が見え隠れ その葉の香りは 恋のような香りだった。