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akira iさんの My best 2021

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兵庫県

ビストロ

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【 料理の遺伝子 】 フェランアドリアが提示した素材への偏愛を、さらに昇華させたレネレゼピ。それとまた違う方法論をロマンチックに提示したアランパッサールの意思を受け継いだベルトラングレボー。現代を代表するシェフドキュイジーヌの思想はそのようにして受け継がれ、世界に、まばらに拡散してゆく。 例えばここにハマグリがある。今日市場からハマグリが入荷した時、彼らは新しい方から使う。なぜなら、その方が美味しいに決まってるじゃん!という、ごくごく当たり前の事である。当たり前であるが、なかなかそう言う発想はできない。(ギィマルタンも同じように、その日入った素材しか使わないと言っていたが、今はもっと調理段階にまでその思想が及んでいる、下ごしらえは極力直前までしない、だとか) その日、一番美味しいものを出す。それは限界まできわだてられた素材感である。健康な土で育てられた健康な野菜の味に、水耕栽培の野菜は味では勝てない。味の濃さとか、強さだとか。そう言う意味で言えば、一本釣りの神経締めという魚の処理方法がすでに一般的である日本に比べて、ようやくそういった魚が手に入るようになったフランスと比べると、我々は随分と魚料理の美味い国に生まれたものである。 などと思いながら、そういった系譜の原体験を持つ二人のシェフが、あみだくじにて”1人2皿作ります、合計4皿”という春らしいセッションをペアリングで楽しむ。 牛肉を藁で燻してミキュイにしたタルタルのような1皿目。そっとキムチが存在しているが、それは”発酵”というテイストの下支えとしている。絶妙なバランスで組み込まれていて言われなければ解らない。ロゼワインはロゼというには圧倒的にピンク色の微発泡である。井上シェフの師マチューはノーマ出身の一つ星シェフであるが、ノーマにおいて発酵の技術がすごかったと言い、そういった技術がこのトレフルにも流れてきている。いくつかの謎の瓶は、マチューがこのお店でプレイした時の置き土産だ。 緑のジュはアサリの出汁を使い、いくつかの葉野菜を組み合わせたものをシャバいソースにしている。イトヨリは皮目に砂糖を塗し、キャラメリゼのテクスチャーをだしているのだが、とにかくこの目に鮮烈な。これは、ヤマトシェフがベルナールロワゾーを模したものに違いなく、水の料理であり、カエルのスペシャリテへのオマージュであろう。ベルナールもまた、その弟子が遂に世界のトップに上り詰めた。ミラズールのマウロである。濃いオリがらみなオーストリーの白。 鰆はカリフラワーのスムーズなピュレとブールブラン。「最近コンベンクションオーブンは皿を温めるだけでもったいない」と言いながら、丁寧に厚い鉄板で火入れする、人妻の体温の、火入れで。瑞々しいカブの力強さ。太い鰆。甘く広がる海の味。シャルドネとは思えないシャルドネの絶妙な酸。 シャラン産の鴨ブレスト。ブラッドオレンジの季節、新玉ねぎ。焦がしたバターにそれを支える微量のガラムマサラのエッセンスは、二人の師でもあるイナキエズピタルトのやり方に似ている。言われなければ気がつかない、ほんのわずかな裏打ちが、料理は自由であると言う。初めてイナキの料理を食べた時に真っ先に驚かされるあの、スペシャリテのセビーチェの秘密の一つ。ヴィニヴィチヴィンチの赤。完全にパリらしい組み合わせ。ヴィンチは、最高。 ワインも野菜も肉も魚も、できるだけ生産者の顔が見えるものを。そう言う環境を整えてきた。それは確実に料理に反映されている。ワインだけオーガニックで素材はその辺の野菜、なんておかしいよね、うちはレストランだから。そう言うことを頑固にやる。見た目やテクニック的なことは今まで散々やってきて、その先にある、今やりたい料理とは、彼らの知っているテロワの提示である。 いつものように、アテ行きましょうと、肉リッチなパテと、即興のシンプルに野菜と塩漬けマグロ。今日の素材できょうの料理を作るので、コースにも固定メニューは無い。毎日あみだくじのセッションウィークは尚更である。 フランス料理という括りは、フランスにあるレストランではひとつの定型であり、ベルトランもイナキもそういうところに存在していないから、価値がある。フランス料理店、と言うにはあまりに多彩な世界中の素材やテクニックを余すことなく学び使ってゆく。レネもマウロも、同じベクトルにある。ノーマ東京のドキュメンタリーは、東京でしか出来ないことをするために徹底的な取材とロケハンを行ったことを映像化した。それは、完全に新しいノーマだった。 シェフ二枚看板は半年経って見事にいい具合のアジテーションを持ちながら、このレストランの魅力となった。行く度に、驚きに満ち溢れた楽しい時間が濃くなっていく。 相変わらず最高を超えてサイノコウ、である。

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長野県

フランス料理

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【 満点を超えて満点 】 白馬の森の中に3万坪の敷地を抱えるシェラリゾートは、その素晴らしい設備もさることながら、それを超えてくる圧倒的スタッフのホスピタリティにより、こちらが恐縮してしまうほどのもてなしをしてくれるホテルでした。ホテル側のオフィシャルの情報としては明記していませんが、これはオールインクルーシブに限りなく近く、言うなれば全ての部屋がアッパーホテルのクラブフロアと言ってよいでしょう。スキー場に隣接していながらも、ホテル単体の魅力として完全に成立しております。 寧ろ、スキーシーズンには泊まりたくない充実したファシリティとサービス。そして連泊したくなる魅力を持っております、要するに、もうホテルから一歩も出たくない。 短くなった冬山シーズンの締めくくりに、春雪を求めて白馬へと。お昼ご飯も取らずに汗をかきながらスキーして、3時過ぎにホテルに着きました。先ずラウンジに行きその美しさに息を飲みます。想像していたよりもずっと凄い。シャルドネのフリーフローのワインを飲んでお腹が空いたとウェルカムフードへ。卵かけご飯、グリーンカレー、中華ちまき、甘酒、おでん。 卵が。明確に殻が割れないほど分厚く硬い。そしてこの卵の美味さが際立っており、卵かけご飯専門店なんて目じゃないほど本質的に凄まじい美味さです。グリーンカレーもちゃんと当ホテルの厨房で作られたもので、これもまた、そこらへんのタイ料理レストランより断然うまい。シェフ特製は伊達じゃないです。そして思うに、軽食ではないレベルでお腹を満たそうとするその姿勢に感銘です。 お部屋は暖炉付きのジュニアスイート。ベッド4台で、2台は別室になっており男女別で振り分けられるので気兼ねせず友人たちと泊まれます。部屋には暖炉が設えられており、ガスではなく薪だきです。そもそも暖炉がついているからこの部屋を選んだのですが、結論から言うと暖炉に火を入れる時間がないほどパブリックフロアで過ごしていました。 温泉は源泉掛け流しで、近年に江戸時代に建築された古民家2棟を移築してきて建てられており、美しさのあまりフェイクかとおもっていたそれらの梁は、全て本物でした。目の前の景色は抜けており、囲われた露天風呂等とは全く異なる開放感です。湯上りにはご丁寧に、腰に手を当てて一気飲みするための”瓶に入ったコーヒー牛乳”まで勿論無料であります。 ラウンジのワインはシャルドネの白とピノ・ノワールの赤というコンビネーションです。この赤ワイン、ラングドックのピノ・ノワールなんです。これを置いている意味はなかなか凄いと思います、下品すぎず上品すぎず、甘くなくピュアで程よい濃さと酸度の出来の良い南のピノ・ノワール。面白いので調べてみたら、エチケットは蜷川有紀さんの幸せの森、という作品だそうです。こうした、ワイン一本を置くにしてもそこに匂わせるバックストーリーがちゃんとあると言うのは、ホテルの意図ですね。 ワタリガニとオマールエビ、コンソメのゼリー寄せ、燻製風味のフェッテと信州サーモンエッグ/赤パプリカのポタージュ/舌平目のムニエル 白菜のブレゼ ペルノー風味のブールブランソース/鴨のコンフィ じゃがいものクリームピュレ/シェラ特製ガトープレート/スゥエーデン王室御用達の紅茶 リオンド・プロセッコ・コレツィオーネ・エクストラ・ドライ/4000 bt ホテルのメインダイニングに於いて、実に上質で奇をてらっているところがなく、肩肘を張らない基本に忠実で伝統的なフレンチです。バターリッチでクリームリッチ。実に楽しい。合わせたのはヴェネトの泡です。メニューの構成といい、こう言う泡の設定といい、このホテルは本当に、全てが顧客目線で実に上手く、誰でも楽しめるように配慮されています、感動的。 美しいお皿はヴィクトリア&アルバート美術館のロゴが入っており、驚いてメートルに質問したところ、シェフが探してきて岐阜の方で買ってきましたと。そのスラスラとした対応にも感心しました、お皿一つの事もちゃんとメートルは知っている、というのは、この席数を裁くための教育の深さを感じさせてくれます。私が新入社員の頃、一番きつい仕事がこのVAの仕事でした。ロンドン屈指の美術館から美術特殊部隊が日本まで運び、巡回展の展示をさせていただいたことを思い出します、あれは価値ある経験でした。 食後はラウンジで暖炉に火を入れてもらい、ワインを飲みながら雪談義。ラウンジは23時までご自由に、という懐の深さです。 朝は貸切のローマ風呂の絶景、朝食にもワインのフリーフロー、しかも泡、白、ロゼ、赤、ノンアルコールの白と赤という6本立てです。なおかつ、白赤はラウンジと銘柄違い。チェックアウト後も施設使用をどうぞご自由に。泊まってください、最高です。

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京都府

自然食

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【 心を打ち、その美味しさに涙するような料理がある 】 それは、高級な食材でもなければ珍しい食材でもない。健康のためにと始めた畑で、自分で栽培し収穫したお野菜を、丁寧に愛情を込めて料理する。 お出汁だけはしっかりととるけどね、ほんとうにただの家庭料理ですよ。とママは言うが、とんでもない。これはただの家庭料理などというものでは絶対にない。赤カブを一口齧って、そのあまりの鮮烈な味に興奮を隠せない。様々に並べられた料理の中でその、テクスチャーのバランスまで取っているふっくらとした柔らかさの中にある、赤カブの瑞々しさに、背筋がぞくっとした。それは、心を震わせるほどの料理である。 目の前のお盆に色とりどりのお料理が並べられてゆく。お一人でこれだけ料理をするのは大変でしょう、と言ったら、作り置きを結構作るからね、との事だが、とにかく頻繁に来るお客さんのために”野菜はいっぱい取れるけど、味を変えないと”という事で、実に様々な調理をされている。野菜は、同じ種類が継続してその季節に一気に採れてしまうのだが、そう言った季節感こそが、とても大切な事だと思う。 それぞれの素材に、それぞれの調理がされている。大根、たけのこ、こんにゃく、フキ、きんかん。珍しい聞いたことのないお野菜も一つ。子持ちのイカは今が季節の最後で、タコのお刺身にカキフライとだし巻き卵。ブロッコリー、自家製岩のり、大根のお漬物。蕪蒸し。 どれもこれもが、なんと味わい深いことか。カブラを食べて驚いて、きっとフキもすごい味がするだろう。とおもったら、やっぱりその通りだった。背筋がゾクゾクする。 本当に普通の味はポテトサラダぐらいで、それぞれの素材の際立つ個性とともに、旨味を存分に引き出しながらネガティブな部分を一切感じさせない凄まじい調理だった。無農薬、自家製の野菜は味が濃く強い。ともすれば、アクが強すぎることもあるだろうが、そう言った部分を圧倒的に丁寧な処理で見事なバランスとして整えられている。 隣で食べている友達がグズグズ言い出した。これはアレルギーなどではないことは容易にわかる。美味しすぎるから泣いているのだ。その、美味しさの根源は、調理法だとか、塩打ちだとか、技術的側面ではない。 料理の全体から滲み出る、ママさんの人生そのものの発露の一端の、澄み渡る清涼さ、に他ならない。体にいいからと自然食にし、私もお父さんも風邪をひかなくなったから、それをお客さんにも出そうねと。娘や孫たちに”おばあちゃんのお料理は本当に美味しい”と言われる所以。 私も、食べながら泣きそうになった。美しい料理は、人の心を打つ。 「実はね、今日は久しぶりにお店を開けたのよ。ちょっと体調崩しててね、でね、昨日お料理を作ったら娘にちょっと、塩加減が甘いっていわれちゃって、今日はドキドキ久しぶりの試験運転なの」 多分その塩加減とは、本当に些細なところにあるはずで、長年ママのお料理を食べた娘にしかわからない事、であるだろう。まったくもって、全てに整えられ完璧なお料理を前に、そんなことを思った。 最後にコーヒーまで出てきて1200円の野菜たっぷりランチ。採算は度外視であることは明白であるが、ひきもきらぬ近所の人たちで、きっと、みんな健康でおいしいものが食べれたら、私も幸せなのよね。という、そんな素敵なお店である。

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東京都

バー

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【 2021年、世界で18位にランクするバー。 】 世界ベストバー50。まだあまり知られていないかもしれませんが、世界ベストレストラン50、のバーランキングの方です。アジアランキングの発表は春頃で、見事SGクラブは3位に輝きました。私が見ている限り、このベスト50シリーズは、ミシュランVSベストレストラン、でも周知の通り、”現代的価値の打ち出し”を非常に重要視していると思います。 その、世界ベストバー50の2021年のランキングの発表が、12月7日にございました。(アンダー50はその少し前に発表されていました)The SG Clubは見事、18位にランクイン!誠におめでとうございます。(日本からは2店舗のみがランクインでした) 2020年のお正月、私は上海のSpeak Lowにいました。上海トップというか、アジアのトップ3に長く君臨した最高のバーです。その、2店舗目がこのSG CLUBになります。SGグループファウンダーである後閑 信吾さんが最初に立ち上げたバーが、上海のSpeak Lowだったわけですね。後閑 さんのことは調べればいろんなコンペで優勝しているので、その技術は折り紙つきです。 渋谷の駅から北へ上がっていき、静かになった頃にお店がポツンと現れます。外から見ると入るのが嫌になるぐらいの混雑、クリスマス装飾でガチャガチャしているのが見て取れますが、実にそれはSGらしいといいますか。「すいません、地下の席、空いてますか」と聞くと、ちょうどカウンターが空いておりますのでぜひどうぞ、との事で。 階段を降りて行った先は、Speak lowの核心部分、3Fの隠し部屋と非常に似た作りになっており、そのどっしりとした落ち着いた空気に、ああ、SGの旗艦店舗にきたんだなと実感します。メニューを開けると流石です、もう、笑いがこみ上げて来ます。先ずは、汚いマンゴーで。割といろんな要素を組み合わせたりしていて、聞くとちゃんと教えてくれます。 SGは、素晴らしいカクテルを提供します。それも当然、シグニチャーの。とにかく楽しい。洗練されているけれどシャレが効いていて、訪れる人に心の底から楽しんでもらいたい、という意思を感じます。2杯目は、なんて可愛いカツオ。Que Bonitoというシャレなんですが、ラフロイグに鰹節や梅をうまく配して、実に素敵な味わいに。 カクテルはだいたい2000円〜2500円の明朗会計です。チャージもありません。実は、これは世界基準で、普通はだいたい1杯2500円が相場です、と思うと実は、SGクラブは世界基準から行くと少し安いんです。アジアでもトップ3に入ってくるようなバーが、です。いわゆる、バーにおけるネガティブな部分、適当な会計や、会計の時にえっ!?と思うようなことが一切ない、というのはまず、非常に素晴らしい事であり、世界的な流れであり、日本が断然遅れている部分だと思います。カウンターに座り、ゆっくりとカクテルを飲みながら、他のお客さんとお話ししたり、バーテンダーとお話ししたり、そういう文化を作り出せる力、がこのお店にはある。そういう部分をとても評価したい。 要するに、このバーは、カクテルなどを再構築しているのではなく、バーそのものの定義を変えていくのです。より良き酒場の時代を切り開く礎となるバー、それこそがSGクラブの存在意義であるのです。 SGは、1Fはカジュアルなバー。B1はオーセンティック、2Fは会員制(だけど、空いてたら入れてくれる)になっており、階ごとにメニューが完全に異なる、という特徴も持っています。私も、その日のカウンターの席の人と仲良くなり、2Fへとハシゴをして、閉店近くまでゆっくりと過ごしてしましました。 これだけ居心地の良いバーが他にあるでしょうか。本当に。本当に、このSGグループというバーテンダー集団は、素晴らしいお店を生み出して行っています。「実は、2020年のお正月にSpeak Lowに行って本当に感動したんで今日来たんですよ」と言ったら、その時のバーテンダーが帰国していて、この近くの系列のバーに今いますよ、との事。明日必ずそちらにいきます、という事で。 渋谷にこんな素晴らしいバーがあるなんて、羨ましい。完全に、世界基準の。 尚、最後の写真ですが、これ、営業中です。まさに禁酒法時代のスピークイージーそのまんまですね。わざわざ囲ってた様子。

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東京都

カフェ

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【 Speak Low. 】 「もともと帰ってくるつもりだったんです」と彼女は言った。世界でもトップレベルであろう上海、Speak Lowを仕切っていた彼女に会ったのは2020年のお正月休暇で、私が上海で過ごしていた時である。ひきもきらぬ客をさばき切りながらも余裕のある所作、お好みで作るカクテルの独創性と華やかさに、流石WORLD BEST BARになを連ねるだけのことはあると思った。渋川煮に合わせたシガーの香りだけのペアリングにブランデーと、その煮汁を合わせて持って来た即興のカクテルは、未だ忘れ得ぬ1杯である。当然、その後コロナが蔓延し、世界は一変してしまう。 「あの広い店舗で、とりあえず営業できるってなった時に開けたんですけど、私を含めて3人しかいなくて。それ、流石に無理ですよね」と笑う。日本に帰って来てこの、ベルウッドのカウンターを仕切っている。お店はこのコロナ下でオープンし、僅か1年でAsia Best Barで69位、World Best Barでは76位にランクインした。ヘッドバーテンダーの鈴木氏と彼女との、2枚看板だと思うが、そのほとんどを彼女が仕切っている。相変わらず、素晴らしい所作である。 1杯目はメニューにあるものを。2杯目からは、じゃあオリジナルでいきましょうと、彼女が作るお勧めそのままに。相変わらず、独創的だ。マティーニベースでドライベルモットと養命酒に、ごま油の香り、だとか。ちょうど、私の座るカウンターの端の席の隣はラボスペースとなっていて、”ベル寿司”と言われる、極めて創作的な寿司が振舞われていた。トリュフの香りが絡みついてくる。ごま油の香りが、食欲をそそってくる。 「だから、あんまりそっちの方に行きたくないんですよ、お腹すくから。特に今みたいな瞬間」いやまさに、その通りである。 大正時代のカフェを模したという店内は、SGクラブやSpeak Lowのような感じではなく、あかるい。特に隠し部屋などもなくシンプルである。割と客の入れ替わりも早い。カクテルがどんどん出て行く。 私の隣に3人組の男性が座った。どうやら一人はあまりバーに入ったことがない、という話をしている。一口飲んで、うわあ、すごいうまい。と言った。フレッシュなフルーツをふんだんに使ったカクテルは、最終電車がなくなったあたりにピッタリである。実は、メニューにあるカクテルは”コーヒーベース”か”お茶ベース”の2本立て、になっている。私が最初に飲んだのは”カフェルネソーヴィニヨン”という、コーヒーをつかって”ワインのように仕立てた”カクテルだ。(白くスモークが流し込まれるが、これは見た目のためだけではなく、揮発させたアルコールや香りづけをするものである。要素が多すぎて聞き取れなかった) このお店は、その日の気分でこの、素敵なバーテンダーに全てを委ねてオーダーをするのがいい。ちょうどこの後、ライターの友人から今度、若い人向けにバーの記事を書くのだけれど、SGやBellwoodは中級者、上級者向きっぽいですか?と聞かれたのだけれど、それは全く逆だと思う。SGグループが提供したいのは、もっと敷居が低い。本来会員制の部分だって、どうぞどうぞ、と見せてくれる。権威的な部分は一切ない、むしろ初心者こそが、バーにはあまり来ないんです。と、リラックスして楽しめるような仕掛けが、そこかしこにある。 3杯目は、旨味たっぷりで行きましょう!と、かつおと昆布とオリーブで。余計にお腹がすいたよ! 「またかならずきますね!」と2年ぶりの再会を喜んで。握手したその手は、とても細くて華奢な、美しい手だった。

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山口県

割烹・小料理屋

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【 何故、どういった理由でブックマークしていたか思い出せぬが 】 初めての萩。思ったよりも遠かった。夕刻になったのでお店に電話して予約を取った、予約が取れた、と言っていいか。 ホッとして車をホテルに入れ、お店まで徒歩で向かうと、想像通りの”入りにくいぞこれ”という感じ。奥まったところから二階に上がる風体で、カラカラと扉を開くとカウンターの一番奥に私の席が用意されており、すでに旅館のごとく、3皿のお料理が並んでいた。 喉が渇いていたのでビールをもらい、スタートする。注文はお酒だけ。お料理は、おまかせで3000円税抜き、らしい。大将、御歳78。その、素晴らしい知識と腕前と、客を喜ばせようと腐心する様に本当に心が打たれてしまう。 一つ一つにかけられた手間。「魚が余るから酢締めして、すり身と合わせてかまぼこみたいにしたんだよ」という。隣のアワビは3時間ゆっくり熱をかけたもの。刺身の赤身はカツオ、モチモチの、マグロみたいな味がするカツオと、脂がたっぷり乗ったヒラマサ。醤油は合わせじょうゆで、少し甘い。サワラの西京焼きに添えられているのは桂むきの大根とカニ身。 そのうち味噌焼にした大きなサザエがやってきて、、、 とにかく丁寧な仕事と、高い技術。お出汁もきちんと取って、大きな瓶に入ってます。なんていうか、 もう何もかもが最高だった、、、 大将は今日は鮑がなくて残念、ほんとはもっと鮑出すんだけど、みたいなこと言ってたけど、そんなんはええんですよ。 素敵な会話、旅先の町の話、手の込んだ料理をさも普通に出してくる。本当になにもかもが最高、、、 また、お母さんの支え方も最高。二人のコンビネーションが愛しすぎて、本当に心からあったまる、そんなお店。楽しすぎて、随分と長居をしてしまった。 今年に入ってからなぜか、こういうお店によく出会う。後何年、お店はあるだろうか。弟子は取ってない、現実的に、終わりはやがてやってきてしまう。 故に、本当にこういうお店は、宝石みたいな酒場やな、と思う。

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兵庫県

ワインバー

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【 シニアソムリエがいる聖地へ 】 Nadjaのことを調べていると、いろいろな人から見たNadjaの記事が出てくる。フジマルさんが親以外に人生の師匠、と仰ぐシニアソムリエ、米沢伸介さんがオーナーソムリエであるビオワインバー。 この日はシアーシャローナン祭りが自分の中で勝手に開催されていたため、大阪ステーションシネマで「アンモナイト」を見ていた。こういった、あまりにも青い水晶体が画面いっぱいに押し広げられる美しい映画を観た後は、ゆっくりとブドウを醸した液体で思考を巡らせたい。 阪急電車に揺られ塚口という、サンサンシネマに行くためにしかおりたことのない駅から15分ほど歩き、住宅街に、本当にこんなところにあるんだという驚きのナジャへ。 扉を開けると目の間には圧倒的物量のダンボール箱。音楽が流れているのに静かな空間。ずらりと並べられたワインのボトルから立ち上るワイナリーのような芳香に、飲む前から酔っちゃいそう。 1:北欧のシードルレボリューション 私がよく好んで飲んでいたフランクフルトのアップルワインのような酸度のでた、そうそう!これがシードルというかシードラというか、リンゴを醸したワインだよね、というナチュールシードラ。独特の香りの淡い濁り。泡を頼んだらまずこれが出てきました。これぞまともなシードルである。 2:オーストリアのロゼ NIvir おもちゃみたいな赤色で、その香りは体験のしたことない芳香。色と味、香りが一致しない面白さで、口に含むと多層化(4段階ぐらい)味が変化してゆく。ゆっくり飲むと時間の経過につれて一体感が出てくる。これぞ、ナチュールの面白さ。赤ちゃんもぶどう踏んでます。 3:オーストリアの白  絶賛濁りのシュメルツアー、ビッグネイチャーホワイト。現代的本流である濃厚白。ぶどうはグリューナーベルトリナー/ヴェルシュリースリング/ショイレーベ、オーストリアの品種は複雑だけれど、とにかく美味い。気候的にもうブルゴーニュとかあったかすぎて、ということで、やっぱりいまオーストリアの白ワインはすごく美味しいよね、という話。 4:10Rの赤 驚きのとあるワイン、10R。もうブラインドテイスティングして、これが国産とは絶対に思わないわーという”タイヤマン”シリーズ。ブルースガットラブ氏が北海道の空知で、実験的に醸すワイン。カスタムクラッシュワイナリーとう言葉を初めて知る。衝撃的な赤。ブルースやばいすごい天才。 5:ヴィニヴィチヴィンチのピノ 愛してやまないヴィンチのブルピノナチュール。興味深いエチケットの女をイメージして飲むと、驚くほどの華やかな香りに包まれ、エチケットの女のイメージが一変する。もちろんガチガチのナチュールなので、味はどんどん変化してゆくのが、また、その女のようでもあり、人間臭さであり、本質なのではないかとおもう。なるほど、これはアンモナイトで主演のケイトウィンスレットみたいなワインなのだ、タイタニックから年月が過ぎ背中もずいぶん大きくなったけど、だから?そういう何十年かの人間の経過のように香りが変化する、っていう話。 6:マンハッタントランスファー 要するに、アテ一つを取っても非常に手が込んでいるのである。 とにかくワインが好きで、今一番先端であるところのワイン(というものを寝かしていたのがすごい)が好きな人にとって、これほど幸せな空間は、、、、そう、行ってみればわかります。わざわざ足を延ばすべき素晴らしいワインバー。 全くもって素晴らしい。料理が出てくるのに時間がかかるって?サービスが遅いって?バカおっしゃい。そんなつまらないことで云々言う人は、ワインの素晴らしさを味わうことも体験することもできんのです。 アホみたいに手間暇かけて醸されたぶどうの酒を、時間をたっぷり使って飲みましょう。とにかくゆっくりと。パリの酒場のように。醸造家を検索したりして、そのワインがどんなテロワなのかを楽しみながら。

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【 台湾茶藝と、ロシュフォールの恋人たち 】 台湾への渡航歴が何度もあるので、なんとなくだが台湾茶の味や飲み方は知っているつもりだが、実際のところそれは客先で出されるざっくりとした入れ方だったり、茶芸館で友達がいれてくれたりしたので、正しい注ぎ方、というものは微妙に曖昧である。 なるほど、中国茶などは最初の茶葉が開いた時点で最初のお茶は捨ててしまったりもするが、台湾茶ではそのようなことはしないのは、茶の質が良いから、なのかもしれない。丁寧に、入れ方をオーナーが教えてくれた。 伊根の舟屋そのままのカフェ。そのロケーションが台湾茶にぴったりであるのは、お茶を飲む時間がコーヒーや紅茶よりも圧倒的に長いからである。ポット一本分(1Lぐらいある)を、1時間ぐらいかけて楽しむことができるのが、台湾茶のいいところだ。 なんともセンスの良い、茶藝館である。あまり手を入れていないところがいい。舟屋の倉庫なので喫水に近く、海をダイレクトに感じることができる。とても静かで、うみねこの声がたまに響く借景は、誠に得難い美しさである。 お茶の味は好みを伝えて出してもらうスタイルで、メニューなどは無い。ので、すっきりしたお茶がいいとか、発酵したやつがいいとか、高山のお茶がいいだとか、大まかに言って出してもらうことになる。 たぶん、だいたい一人千円くらいの感覚だと思う。ポット1杯あるから、1時間くらいは普通にかかる想定で、お店に出かけるべきである。 よく台湾人の友達がお茶を飲みに山まで出かけて、そこで打ち合わせをしていた。切り立つ山の崖から緑の山を眺め、お茶を楽しみながらゆっくりとした時間を過ごす。実に、豊かな打ち合わせである。 そういう空気感がこのお店にはちゃんとあるので、とても素晴らしい。もしかすると喫茶店のコーヒー感覚で訪れてしまうと、なんだか高いし、いまいちと思うのかもしれない。台湾のお茶は、ゆっくりと時間をかけて飲むものです。 マティーニグラスが添えられているのは、香りを楽しむため。最初にグラスに入れてその、残香の変化を楽しむという趣向。時間が経つにつれてそれは青さから甘さに変化してゆくという実に繊細なプレゼンテーションで、そういうのは台湾で私はみたことがない。面白いと思う。 聞けば店主は茶葉の輸入販売をしているそうで、現地の生産者と直接会って、現物を見て仕入れているそうである。とにかく、台湾のお茶の文化は我々の文化と違って、それはそれでまた深いものがあるので、そう言った文化に触れるのが好きな人にはうってつけであろう。 ただただ、静かな時間が流れていく。そう言ったまるで無で空白の時間の経過を次第に軽くなってゆくお茶の味が刻んでいく。精神的デトックスには最適な静かなカフェの時間は、カフェになんら高まりを感じない私ですら愛おしいと思う。 とにかく絵になる眺めである。そういえばこの形のソファ、先日見た映画「ロシュフォールの恋人たち」でカトリーヌドヌーヴが実に、格好良く座っていたので、是非女性の方は彼女のようにカッコよく、座ってみてください。

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東京都

カレー

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【とんでもない美味さだわーあなたと私の約束です】 実は10年以上前に一度、インド料理でずば抜けて美味いからって、友達が言うもんで連れて来てもらったことがあるんですが、その時ドーサを注文して(ドーサがすごいんだって勝手に頼まれたんで)食べながら、まあこんなもんかな。と、侮っていたんです。 というか、一緒に食べに行った人のテンションの上がり具合と、食べながらそれについていけない私がいましたよね。なので、そこから足が遠のいていたのですが。ひょんなことで近くにいたので食べてみることにしました。 ベジミールス指定で。 一口食べた瞬間、一人で食べに来てるのに本当に声をあげてこれは、とんでもない美味さだわ。って言いそうになりました。 美味い。めっちゃくちゃ美味い。今まで日本で食べたどのベジミールスよりも頭ひとつ抜けてました。これは、とんでもなく美味いベジミールスです。 あくまでも、ベジの評価であって、ノンベジミールスは対象外です。そして、こんなに物凄いベジミールスを出せるお店で、ノンベジを頼むなんてナンセンスなので、 これを読んだあなたと私の約束です。絶対にベジミールスを食べてみてください。 ここまで美味いミールスは、インドでしか食べたことがないですね、少なくともマレーシアのMTRなんか目じゃないわ。 ラッサムとサンバル、野菜は冬瓜のカレー。ヨーグルトと、ポリヤルという感じです。ライスとラッサム、サンバル はおかわり自由。 やっぱりこの、サンバル とラッサムの味が超絶うまいですね。あと、ライス。ライスも恐ろしく美味いです。正直、南インドのミールスってあんまり期待してなかったんですよね。ベジだし。 圧倒的に美味かったです。あと、もうひとつ特筆すべきは、サービス。めちゃくちゃ丁寧。おかわりを自主的にやってくれるので待たされることもなく、それがどうにいってるので本当に気持ちがいいサービスです。 もう一度言います。日本で食べたベジミールスの中で一番美味しいです。未だに肉やエビに行ってしまう人たちこそ、ここのベジタリアンを食べてみてほしい。 本質的に、美味いからベジを頼む。がちゃんと成立しているミールスに、ついに日本で出会ったか!という感じです。 開店前も開店後も列になりますが、それだけの価値はあります。素晴らしかった。

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【 海辺のネジ巻キング軒 】 「要するに」 そう彼女は自動券売機という名のディスペンサーから、ゆっくりとこちらに向き直ってつぶやいた。 「私にとっての3辛は、あなたにとっての3辛かしら?」 これは辛さの定義についての話だろうか。僕が彼女の髪がジャクリーン・ケネディの髪の色に似ているなと思っていた矢先だった。 「君が好きな数字を押せばいいんだよ。何故なら」 僕は言う。 「このお店は初めてで、それが君の基準を初めて構築するわけだから、一般的な尺度というのはあてにならない。但し、」 僕は続ける 「辛さの段階はゼロから4で、3というのは中心より、やや辛い方に位置している。」 「そう」彼女は機械に向き直り、大切に3辛のボタンを押した。もしかするとお釣りが出てくるかもしれないし、丁度いい硬貨を入れていたからお釣りが出てこないかもしれない。 僕は千円札を入れて、細心の注意を払いながら3辛を押した。何故なら、僕は昔から3という数字が好きだからだ。3年生という形や三寒四温の寒い方や、サントリーニ島という響きが好きなんだ、と説明しようとしたけれど、じゃらじゃらと吐き出されたお釣りがキラキラしていて、そんなことはいつもの様に忘れてしまった。 席に着いた途端に、広島式の坦々麺が置かれた。「30回混ぜてくださいね!」と、カウンターの向こうにいる店員が言う。僕らは辛さの定義については忘れてしまい、目の前にある細麺を丁寧にかき混ぜる。28回回したところで、この円運動の臨界点は、僕の好きな数字の10倍であることに気がついた。きっと、29回では足らないし、31回では多すぎるのだろう。 「辛いわ」 麺を啜った彼女は言った。そしたまた同じ質問を繰り返す。 「結局のところ」 「私にとっての3辛は、あなたにとっての3辛かしら?」 やれやれ。僕は丼から顔を上げてつぶやいた、どうやら僕にとっての3辛が広島にとっての3辛でも無いし、彼女にとっての3辛とも違っていたようだ。 「君にとっての3辛は、僕にとっての3辛でもなかった」 「ではこの、3辛というのは架空の辛さなのかしら?」 僕は真夏に乗ったターメリック色のビートルを思い出しながら言う。 「ここは広島では無いし、僕の経験上これは2辛に相当するとも言える。でもいいかい、よく聞いてくれ。完璧な辛さの定義は存在しない、完璧な絶望が存在しないようにね。」 「悪く無いわ、次は3辛に半熟卵を足せばいいのよ」と彼女は言った。 きっと僕は次に梅田では4辛を食べるだろうし、広島では3辛を食べるだろう。だが僕は3という数字が好きなのだ。そうだ、3辛に卓上山椒をふりかけて痺れを足してもいいし、多すぎたら半熟卵の助けを借りればいい。 「辛さはメタファーね」と彼女が言った。 僕は、目覚まし時計が鳴る前に覚醒した時の様にいう。 「でも、僕にとっても君にとっても、このキング軒だけはなんのメタファーでもない。この坦々麺ははどこまで行っても―――キング軒だ。僕と君のあいだで、それだけははっきりしておかなければならないね」