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akira iさんのMy best 2019

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大阪府

寿司

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【2人の握り手】 ハラショーと読む。1回目の訪問の後、私は大変なことになってしまった。このお店の味が、自分の中の美味しいの基準になってしまったのである。 もう一つ、驚いたことに1回目よりも2回目の方が満足感がさらに高かったのである。そう言ったお店は、そう多くはないと、思う。 大阪に於いてミシュラン初刊、2010からずっと二つ星を維持している寿司屋もここだけである。三つ星はないので、大阪の最高峰であるとミシュランは認めていると言ってもいい。今年が2020年度版だから、10年経った訳である。 前回私は、シャリの粒立ちがすごく、口の中でパーンと弾けてばらける米の粒の一つ一つとネタが相まって、咀嚼するたびにその米が持つ甘味と合わさると解いた。 寿司は、面白い。ネタもシャリも全く同じでありながら、握る人によってその寿司は変わる。前回は二番手さん、今回は大将。大将が握るシャリは口の中で柔らかにネタと同時に溶けその、コメの一粒一粒にネタが表面コーティングされて一体の味わいとなる、そんなお寿司である。 寿司は飲み物、と、大将が笑いながら言った。 どちらが上とか、そう言う話ではなく。握り手の違いにより寿司は、明確に変化すると言うのが面白い。シャープでキレのあるお寿司と、まろやかで調和のとれたお寿司。どちらも、捨てがたいと思うと一度行っただけでは原正のなにか、は片鱗しか見えていないわけである。 初夏に訪れた前回。魚が変わる秋にお邪魔した今回。秋の魚の旨さをふんだんに。2回目ならではのリラックスした空気で。多分そう言ったファクターが、さらにこのお店の良さを引き立てたのであろう。 高級魚じゃなくて、季節の美味い魚を美味しく調理するのが大事と大将がいう。やはりそれは小肌だったり、イワシだったり。締め方の酢や塩分のバランス。やはり、極力塩を打たないでおく事。〆すぎない事。 そういった仕事が評価されている。素材を引き立てるためにどう仕事をするのか、という哲学である。 お米だけを頂く。どんな感じ?と聞かれて私は、コメの一粒一粒に張りがあって粒離れが良く、酢がよく効いている、と答えた。そう、やはり米は前回と同じである。ほんの僅かな握り方で、それは様々なテクスチャーとして現れる。 お米だけを食べるとほんの僅かに見えるその、味の片鱗。不思議な事に、寿司になるとそれは全く感じることができない、ひとつの完成された凝縮として存在する。 この夜は、私にとって今までで、一番美味い寿司だった。

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インド料理

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【 鮮烈なるインド・イノベーティブ HAOMA.1】 2回に分けてハオマのお料理を解説いたします。 ミシュランガイドすら出るほどのグルメシティ、バンコク。世界のベストレストランではアジアランキングで3連覇をしたGaganを筆頭に、その系譜が広がっています。バンコクのTop Table 2019では、なんとランキング1位はジャーマンコンテンポラリーのズーリング。2位にGaganのスーシェフ(Noma出身です)から独立した北欧系インド料理のGaa。3位がGaganとなっています。 今回の旅でGaganから独立したシェフのNadodi(クアラルンプール)かHAOMA、どちらに行くか悩んだのですが熟考を重ね、HAOMAを選びました。あえてGaganの息がかかっていないシェフの手腕を見たかったというのもあります。とにかく、インド料理の再構築が見てみたかったのですが、その先進性とテクニック、味、共ににまるで冒険をするかのような楽しさで満ち溢れていました。 レストランは何もない住宅街のずっと奥にあって、長く取られたアプローチを抜けてゆくと、驚くほど美しいレストランが現れます。広く取られたパティオ、レストラン棟の裏には彼らが大切にする”菜園”があります。このレストランは”ファームトゥテーブル”を標榜しており、庭で育てた野菜やハーブを使う事でサスティブナルで、よりオーガニックであり原始的な料理を追求している、そういうレストランです。 私たちのメニューは9コース。配られたメニューはさっと見て、写真だけ撮って閉じてしまいました。とにかく、サーブされるお料理たちは大きな驚きに満ちています。説明は英語で詳しくしてくれるのですが、早口でもう何言ってるのか殆ど解らないので、じっくりと自分の感覚を研ぎ澄ませ楽しむ事としました。そして改めて、今メニューの解析をしています。 それでは、新しいインド料理の世界へ、ようこそ。 Galuti Cornet ガラウチケバブという料理がインドにあり、それを肉を使わず表現し、コルネットにしています。中身は松茸、シトラスジェル、トリュフとキャビア。大きな流木にちょこんと刺さっているコルネットが素敵。濃厚で粘質な中身とコルネットの硬さと乾燥感がバランスよく収まっています。 Oyster & Corn tartar オイスターと魚のタルタル、ゆず、レモン、シナントロ(パクチーですね)を使っています。持ち上げるとかなりふわふわで、上部のコーンは擬態しており、コーンスープを固めたものだとのことですが、いわゆるイメージするコーンの味は全くしません。それはオイスターも同じで、どこかに風味として存在しているという雰囲気です。素晴らしい一体感と共に、ただひたすらに美味しい。 Golgappa ひよこ豆、ポテト、タマリンド、ヨーグルト、ミント。小さなボトルと一緒に出てきます。なるほど、これはコルカタのパーニープーリーという料理の再構築でした。パーニープーリーの中にポテトなどを入れサモサのような味わいに。ボトルの中身は後で飲むように、と言われますが、ラッサムのような酸味が鮮烈に爽やか。これは本来、パーニープーリーの中に注ぐ物のようですが、ここでは敢えて別で際立たせてます。 Tomato Mist ハオマのトマト、ホエイ、ハオマのリーフ、ブルーベリー、キュウリのアイス。先に葉の上にある大きな水滴のようなものを葉と一緒に。そのあと、スープを注いだものをいただきます。どうやらトマトの成分を抽出して固形化をしているようですが、食べているときはこれが何か検討もつきませんでした。とにかく美味しいのだけれど、それは実に新しい食べ物のように感じるほどです。 The disappearing duck カレーのムース、ダックのウイング。可愛いダックにソースをかけるとダックが消えてしまうというプレゼンテーションです。このダックのウイングは実に巧妙な調理です。ただフライにしているわけではなく、噛むと多層化していました。ダックのムースはフォアグラ? Haoma in na bite ハオマで育てた魚、ダシ、ハオマのグリーンとレーズンジャム。魚は軽く出汁酢締めにしているのでしょうか、トラウトのような味わいで、コルネットのような空洞に様々なものと巻き付けられています。テクスチャーも生の味わいも完璧です。 ---HAOMA2に続きます。

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タイ料理

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【 人を笑顔にしてしまう3時間 】 タイコンテンポラリー。今回の旅は日本に無いものを食べたかったので、二つのレストランを予約したうちの一つがこの、SAAWAANです。さほど期待はしていなかったのですが、終わってみれば驚きと感動で大満足という結果に。本当に、心からお薦めしたいレストランです。アジアのトップに君臨するGaganーインドイノベーティブを筆頭に、今のバンコクコンテンポラリーの先進性とレベル、クオリティの高さは本物だと思います。 シェフはSujira “Aom” Pongmorn. わずかオープン1年後にいきなり2019のミシュランに星一つでレジストされました。どんな経歴か調べてみたら、バンコク内のホテルで修行し、その時にスターシェフによる北欧モレキュラーのエッセンスを身につけたようです。タイの2019ヤングシェフグランプリですが、もはや世界に通用するレベルです。 お料理はその殆どがテーブルで完成させるスタイル。それぞれの料理の説明も細かくなされますが、残念ながら特殊な単語が多く完全な理解は残念ながらやや困難ですが、素材を大切にしていること、伝統的素材と調理法を用いること等を感じることができます。 それでは、ようこそ。新しいタイ料理の世界へ。 テイスティングメニュー THB2450 アミューズブーシュ タイのストリートデザートの再構築に、非常に丁寧に作られているフランス産のキャビアを。キャビアの味がピュアで力強いのは、あとでこのブランドを調べて納得しました。コブミカンのピールで爽やかに。 生 うに、マダンフルーツ チリジャム。大きなガラスのボウル。うに、にタイのエッセンスを使い全く新しい生のうに、の味わいに。 ディップ ライスパディクラブ もち米。小さなカニのソースが素晴らしい。こんなにもち米いる?と思ったけど足りないほどに濃厚。北部料理にココナッツやカレーテイストを加えてキャラメリゼ。 発酵 ブラックポーク ピックルドキュウリ ハーブ。崩して良く混ぜて食べる。セルクル型の中には様々ミックスされており、テクスチャーと食べるたびに違う味がする。 ボイル ビーフスープ バイヤナンブロス ハンプビーフ。2種類のスープをかけ入れる。一つは非常に古くからある薬用の素材。独特の香りがするが、二つのスープが混じり合うことで素晴らしい香りに変わる。 ミエン ワイルドティリーフ。ベトナムの屋台料理によくあるものだそうだがタイでもあるものを、再定義している。ティーリーフはタイ北部の野生のもの。お口直し。 炒め物 マッドクラブ バイリャン スティンキー豆 最初に豆の香りを嗅がせてくれる。炭火で焼き上げて風味を与えている。カニは卵と味噌を一旦ドライにし目の前で曳きより味わいをましている。葉の下にはたっぷりの蟹身。 炭火 ウズラ ソムタム 大きな土壺が出てきて、フタを開けると煙が辺りに立ち込めるスモーク。中にはローストされたうずら。目の前でカットしデクパージュのち、ソースをかける。再構築されたソムタムとご一緒に。 カレー ブラックグルーパー(黒ハタ)焼き茄子 パナンカレー。ハタの火入れの良さ。下部に敷かれたテクスチャー。ナスの濃い味わいに、粘土の高い、伝統的なカレー。 ソルベ 甘いソルベにココナッツ、岩塩とスパイスがとてもきいていて、驚きを。 デザート グルアイナム ココナッツ マンゴー。タイの伝統的バナナのデザートを、全く違う技法で。驚くのはココナッツミルクの泡のフォームが消えないこと。下にはマンゴーソース、割った球体の中はアイスクリーム。 ミニャルディーズ 果物を擬態したスイーツ。オレンジのタルト、ライチのタルト。見た目と食感は異なります。クッキーとご一緒に。 全てにおいて隙がなく完璧に整えられており、それはスタッフのサービスにまで、強く印象的です。テーブルクロスを使用しないスタイルは、パリのニューウェーブであるシャトーブリアンやセプテニーの様に自由で暖かく、彼らが目指しているレストランというものはどういったものであるか、という事がよく分かります。 3時間の至福。終わった頃には全ての人が笑顔になれるお料理。小さなところまでこだわり抜いて尚且つ、それがタイ料理であるという事。 1日2回転、平日でも満席です。しかし、予約を取って出かける価値があります。素晴らしい時間と体験を、ありがとう。

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兵庫県

ビストロ

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【 シェフズディナー Trefle-1 】 トレフルオーナーシェフ、井上さんの経歴は興味深い。パリのオーデュバンスーシェフを務め、セプティム(2019では世界ベストレストランの15位)やシャトーブリアン(世界ベストレストラン最高位は9位)で学んでこられた人。井上さんのお料理はそのエッセンスをふんだんに取り入れており、パリのネオビストロそのままにピュアで、前衛的で、素材の味を引き出す処方が本当に素晴らしい。と褒めていたら”私の師匠は尚凄い、ポップアップで日本に来たらウチでやってくれますからその時は是非”とお伺いしていたので、その日を心待ちにしておりました。 その井上さんの師匠は、フランスバスク出身のMathieu Moity。ミシェルブラスやノーマ、シャトーブリアンを経てオーデュバンでシェフドキュイジーヌ、La Table d'Eugèneのミシュラン一つ星店のエグゼプティブシェフ。ゴーミヨーでは2017年にパリで最も注目すべきシェフ5人に選ばれるというもう、どこをどう切り取っても素晴らしい経歴です。 また、今回のポップアップではPasmalの石井氏がソムリエとしてワインペアリングしておりましたが、この方もベラテサギ(スペインで一番星を持っているスターシェフ)からキャリアスタートし6年間、フランス星付きのお店で修行された方で、帰国後リッツカールトンのラベを経て、自身のワインバルを開いたという素晴らしいキャリアの方です。 メニューは、3人で飲みながら30分ぐらいで決めたのだとか。これだけのメニューを30分で構成できるのには理由があります。それは、セプティムやシャトーブリアンがというネオフレンチが何故高く評価されるかという理由でもあります。 素材ありき。旬の素材をどう調理するかというのを毎日やる。例えばミシュラン三つ星の店などはほぼ全てがスペシャリテであり、世界中からそのスペシャリテを食べるために人が来るためメニューが一旦決まれば数ヶ月は固定のままです。コースの中には永久に継続するような店の顔となるメニューも勿論あります。 こういったレストランの対極にあるのがネオフレンチ。毎日手に入った材料で料理を組み立てていきます。なので、メニューは日替わり。旬の素材をできる限りシンプルかつ、そのうまさを引き立てるような調理を考えるわけです。例えば、シャトーブリアンでは基本ワインはペアリングが主体なのですが、客がワインをボトルで抜いた、となると、そのワインに合うようにコースをアレンジしたりしてもう大変なんですけどね、と井上さんは笑いながら言いました。 そう言ったことを徹底的にやる。なので彼らの料理の引き出しの多さが魅力の一つでありますが、井上さんも石井さんも、マチューの引き出しの多さは群を抜いている、と言います。味の重ね方、香り、幅の広げ方が凄いと。そう言ったお料理をいただいてきましたので、3回に分けて解説したいと思います。そのお料理は、フレンチを軸とした今最もパリで最先端であることに間違いありません。 2に続きます。

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大阪府

中華料理

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【誰も知らない北京の宮廷料理】 何度も言うようだが食は広州にあり、のトップホルダーである私も、北京の宮廷料理なんて全く知らなかったし、そもそも北京料理がなんたるかを解せず、中華料理をすこしは知った気になっていたことを今は恥じている。正確には誰も知らない、ではなく、ほとんどの人が知らない。だとは思うが、極めて特殊な中華料理でもある。 とにかく、これが中華料理かと。完全なる日本的アプローチのピュアさを突き詰めた中華イノベーティブかと尋ねれば、いえこれは、北京料理であると。 井上シェフが北京に行き、毎回食べるお店に挙げているのが厲家菜。厲家は西太后に仕えた料理人や医者、その数およそ120人越えをまとめる高官であったらしい。健康に配慮した料理を毎日、100皿以上出していたと言う。 清の時代が終わり一度は失われたその料理のレシピだが、厲家はそれを出来るだけ維持し、4代目が現在も再現し出していると言うお店だそうだ。化学調味料を使わないのも、健康に配慮した結果であるし、安全である素材の味を極限まで引き出すという方向性も、納得である。 さすればこの、井上シェフの言う北京の古くからある料理です、と言うのも肯ける。というか、私からみたところこれは、この清の時代に確立された極めて上質な宮廷料理に限りなく近いのだろう、と今は思っている。 さて、この日のお料理は上海蟹。 生の上海蟹。フカヒレと上海蟹。オスとメスの上海蟹の食べ比べと徹底的な上海蟹で、この季節中国に行けず今年はまだ食べていない上海蟹を思う存分楽しむことができた。 特に際立ったのは酔っぱらい上海蟹。ただでさえその麻薬的な濃厚さを持つ上海蟹を、紹興酒で漬け込んだ生である。セコガニのそれを食べたことがあるが、あれは海のもの。上海蟹でそれには驚いたが、これもちゃんと中国にあるらしい。 おそらく、、紹興酒に漬け込んだ上海蟹を一旦きれいにバラして和え直し甲羅に盛り付けている。トロリとした生の蟹肉と黄金色の蟹味噌が混ざり合っていて、これはひどく手間がかかりそうだが、、その美味さは食べた人にしかわからない種類の恍惚ではないか。 これが一皿目、である。 もう、解説などしていてはキリがない。 とにかく、一般的な中華料理というカテゴリーの概念とは全く違う。油や調味料で食べる感覚は一切なく、素材の味をどう引き出すかと言うことに腐心しているのがよくわかる。 マコモダケをヒラメで巻いてフライにする。フワフワのヒラメとプリプリしたマコモダケの絶妙なる調和。例えば、厚切りのとてもよく煮込まれた牛タンとアワビを合わせる。これらはまさしく中華的乗算思想のなせる技であり、違う食感や似たような食感を海のもの、山のもの、などで組み合わす妙技。 そう、フカヒレも上海蟹なのだ。鳥やキンカハムで取られた上湯の出汁と合わされたそれは、当に黄金色に輝いている。こんなフカヒレは初めて見たし、まさに究極の、、、 とにかく手間をかけられた料理の数々。これはもう、体験しないと理解できない。確かに北京に行けばこう言った料理はあるそうだが、それは北京でも極めて特殊なレストランであることは想像に難くない。 とにかく素晴らしい美味さ、料理が上品であり、深みがあり、五味の振り幅が広く取られ、その完成度の高さに驚きを隠せない。 シェフの飽くなき探究心。過去の英知が詰まったそのお料理たちは、現代に蘇り日本という場所でまた、新しく萌芽する。 私を連れて行ってくれたグルメ番長は、本当にいつ来ても違う料理が出てくるのでついつい、通ってしまうんや、、と満面の笑みで私に言った。

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バー

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【香港BARクロール4本勝負-4:鳥籠の中に鳥はいるか】 写真は私が見た順番で並べることにしました。先ず、湾仔の駅を降りて通路からエレベーターで地上に降りたところ。さてお店はどこかとワンブロック回ってきて、そのエレベーターのビルの二階だった。要するに、まあまあ、わかりにくいのである。 エレベーターを降りたら素っ気ないフロアに入り口があって、屈強そうなガードマンとやたらに美しいブロンドのレセプション。左に祭壇、正面に店のロゴ。 カーテンをくぐったら玉座のような椅子で女が、ヒラヒラとうちわを振っていて、突然の事にびっくりした。 この時点で、私はこの店に恋をした。圧倒的高揚感と共にカウンターに座ったら、バーの壁に女が寝ていた。二人。物憂げに、何もせずただそこにいる。まるで鳥籠の中の鳥のように。 四件目となった私は締めにちょうどいいなと、コーヒーと書かれたシグニチャーカクテルを頼んだ。 そっと差し出された木製の箱を開けると、煙と共に良いコーヒーの香りに包まれた。 左を見ると先ほどの椅子に女はいない。後ろを振り返ると赤く照らされたブースでやたらとグッとくる選曲をするDJがプレイしている。 しばらく流れている音楽をアプリでチェックしてメモしながら酒を飲んでいた。また、入り口の方を見ると、いつの間にか違う女が二人、そこにいた。 諏訪綾子、という金沢をベースにしたフードアーティストがいる。彼女は感情をテイストにして表現している、例えばそれは、「後をひく悔しさとさらに怒りさえもこみ上げるテイスト」や、「恥ずかしさと喜びがゆっくりと快感に変わるテイスト」と言ったものなのだが、彼女主催のゲリラレストラン、というものがあって、その総合パフォーマンスが素晴らしく美しく、いつか参加してみたいと思っていたのだけれど。 まさにそういった、完全にコーディネートされた世界観がここには存在している。それは全くもって異界であり、異次元の滞在である。 特にそれを強調するのがこの、インテリアとしてしか機能しない女たちの存在だ。鳥籠の鳥を演じ存在するアイコニックな彼女たちの存在が、強烈に日常を異化している。 とにかく最高のバーで、一人で飲みにきたとて全く最高で、よく考えられた見栄えのするカクテルと、完璧な、ちゃんと選ばれた音楽が流れていて、極めて大胆で洗練されたインテリアが存在することだけでこれほどまでに楽しいものなのかと驚く。 隅々まで美しく存在するバー。後で調べてわかったのだが、このお店のデザイナーはアシュリーサットンという人で、先日銀座で気になったけど行き逃した店も、この店に来る前に行ったドラゴンフライも彼の作品だった。このお店は、鳥籠をモチーフにしたバーである。 だが、私は圧倒的にこちらの方が好みだ。妖しげなラインとすれすれな御伽話の世界観と、そこに割かれたヒューマンリソースに、わたしは最高だ、という以外の言葉を持たない。 しかも全くカッコいい事に、ドリンク一杯が120香港ドル、サービス料も入れてたったの2000円と言ったところで、エントランスフィーもシートチャージも取らないのである。 ドラゴンフライでメロメロにされたアシュリーサットン、だが、オフェリアはそんなものを吹き飛ばすほどカッコ良い事、が、ぎっしり詰まっていた。 とにかく、最高だ。

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【 音楽ノチカラ 】 ベートーベン交響曲7-2 リスト編曲ピアノ版。「僕は本当にこの曲を聴いたら泣いてしまう。僕はその時、まさにこの曲を聴くためにウイーンにいたんだけど、僕はそれを聴くことができなかったんだ。」と言いながら彼は本当に涙をこぼした。 その曲を僕たちは、耳を澄まして聴いている。静かに、重く運命を示唆するかのように始まるそれは、どんどんテンションが張り詰めていき最後には聴いているこちらが弾け飛びそうなほど音が凝集され降りかかる。 音楽には力がある。彼はプロの大変著名な音楽家で、私はこの日その席を共に出来たことを幸運に思う。音楽で揺さぶられる感情。彼の作る音楽も唄もまた、僕らの心を揺さぶる。様々な感情が溢れてくる、そんなとても素晴らしい時間だった。 霞町音楽堂。なんて素敵な名前なのだろう。私は幸運にもグランドオープン前のとあるプレオープンレセプションに呼んでいただいた。その宴はビバークテントナンバー50。2017年にサハラマラソン を走ったテントナンバー50の全員が顔を揃えたパーティだ。サハラマラソン は特殊だ。ここでは肩書きも社会的地位もどこにもない。そして、まるで血の結束のように、誰しもが硬く結ばれた仲間となる。19時からスタートしたそれは夜中の3時ごろまで、平日だというのにそのテンションを落とすことなく続き、誰しもが別れを惜しんで帰途についた。 このお店はお隣にあるマルゴットエバッチャーレの姉妹店になる。店名はトリュフをマルゴトたべてキスしよう、という意味だ。その、隣の地下に霞町音楽堂はある。食事はマルゴットよりカジュアルに、ワインの古酒なども揃えて毎夜いろんな音楽家がここで入れ替わり演奏するお店だ。食事はマルゴットチームがサポートしていているので、まず間違いがない。 この日も日本でもトップレベルの音楽家が、さあやろよ、と即興でセッションが始めだす。2ステージ制総入れ替えだとか、そうじゃなくて。もっと近くて、もっと自由で、もっと創造的な、、、 オペラ、ピアノ、アンサンブル。音楽はすぐ手が届くところにあって、しかもそれは本物の上質で、次々と輪が広がって行く。 霞町音楽堂は、もしかすると日本のある一定のカテゴリーにある音楽の文化を変えてしまうかもしれない。19世紀のパリサロン、その後のベルエポックのように、ここに集まるすべての人が芸術に巻き込まれていくような。そんな生まれたての空気が満ち溢れている。 グランドオープンは、もうすぐだ。

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【 必ず訪れたほうがいい店 】 ランチタイムをTheForkというアプリで予約した。フィレンツェではこのアプリが非常に活躍するのでダウンロードしておくといいと思う。僕の携帯はデータ専用で、電話ができなかったので尚更だ。 メミューを見ながらアミューズ、プリミピアッティ、セコンドピアッティを選んで、ワインはペアリングでと言ったら「それならさ、デギュスタシオンの方がお得だよ」と彼は言った。勿論それは願っても無い提案だったけど、デギュスタシオンのメニューにはOnly serve at Dinnerと書いてある。「大丈夫だ、今の時間はお客が少ないからできるよ、ワインペアリングも込みだしね!」フレンツェではこう言った対応がよくあった。例えばメニューにないものでもできるなら作るよ、という柔軟さ。 この時点で僕はこのお店の虜になった。 アミューズブーシュは、鳥レバーのムースという伝統料理にベリーのエマルジョンとクッキー、そしてチョコレート。併されたのはイタリア北部、僕の大好きなバルドビアーデネのプロセッコ。ムースは甘みや酸味で楽しめる組み合わせ、チョコレートも面白いし美味しい。 アンティパストはかぼちゃのスープ、ロマネスコ、芽キャベツ、ブーラッタのチーズ。ここまで毎日大皿で1食一皿的な食生活だったので、スープが身に染みる。ロマネスコと芽キャベツのテクスチャーも素晴らしい。合わせたのはピエモンテのロエロという場所で採れるアルネイスというぶどうを使った白ワイン。ここまでずっと赤ワインしか飲んでいなかったけど、ピエモンテの白の美味しさに驚き。 パスタはパッケリを使ったボロネーゼスタイルのオーラグー。パッケリは初めて食べました、ムチムチしていてオーラグーと抜群の相性。合わされたのはロゼワイン、75%サンジョベーゼ、20%カベルネ、5%のカナイオネロというブドウ。トスカーナのロゼワイン。普段から全くロゼを飲まないのですけど、唸りました。とても美味しい。 メインはトスカーナスタイルのリブアイ。シンプルに塩と胡椒のみの味付けにローストした野菜。美しく盛り付けられているし、柔らかく加熱された感じは真空調理と思う。特に芋の美しい色にトスカーナの野菜の力を見る。合わされたのはピエモンテネッビオーロの2016とサンジョベーゼのキャンティクラシコ2015。平行ペアリングで、ネッビオーロとサンジョベーゼの違いを楽しんでと彼は言った。このキャンティクラシコはかなり上質で、ボトルの値段もかなり高いものだった。後で別の店で飲んだキャンティクラシコはこんな味は、しなかった。上等で深い。 3種あったデザートを私は一番珍しいものを、と頼んだ。合わされたのはトスカーナのヴィンサントというデザートワイン。特にここのものはトスカーナを象徴するヴィンサントだそうだ。 料理は本当に上質。素材もとてもいい。ワインのペアリングもストーリーができていて、様々なブドウを楽しむことができた。お会計を頼んだら、28ユーロポッキリで、思わず大笑いしてしまった。 このレストランはスクール併設のレストランだ。なので、ホール長以外は学生が働いている。この料理はどれくらいのキャリアの人とが作っているのかい聞いたら1.5年くらいかな、とのこと。カリキュラムは2-3年、人それぞれらしい。もちろん、もっとショートなカリキュラムもある。この日も、入学見学に訪れている若い女の子が二人いて、彼が色々と説明しているのを聞いていた。Ganzoっていうのは、クールっていう意味だと語っている。 料理は3週間で全て入れ替える。リピーターは3週間ごとにこの、驚くべきクオリティの料理をこんなに安い値段で食べられるわけだ、羨ましい。あくまでもトレーニングの場として機能している、ということなのだが、とんでもない。味は一流だし、ホスピタリティも抜群だ。例えばそれは、ホールで働く若手がまだスムーズではないけれど本当に一生懸命学ぼうとしていることで、仕事に真摯なことだ。ともすれば雑な扱いを受け常連客優遇なんていうのは当たり前にあることだが、ここでは一切そういうことがない。故に、メニュー選びでぞんざいな答えが変えることもないし、儲け主義的な要素も一切なく、それが恐ろしいほどに清々しい。 学校の名前がアピシウスインターナショナルスクール、となっていて、まさかあのアピシウスの系列?とおもったら、そうではなくて、どうやら”古代ローマ時代の料理の本”の事らしい。 とにかく素晴らしいレストランなので、フィレンツェに出かけた際はランチでもディナーでも、どちらでもいいから出かけて頂きたいレストランだ。圧倒的なクオリティに驚きを隠せない。 ワインペアリングまでついて28ユーロなんて、こんな愉快なこと無い!

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【テーラーメイドの洋服屋】 友達と熱炒で飲んでいて、台中と台南でこんなバーに行ったんだ、と説明したら台北にもあるよ、今から行こうと言う。 タクシーを降りたら完全に洋服屋だった。 店内に入るとオーセンティックな紳士服が並んでいる、いとも高級そうなテーラーである。 その、壁の向こうから人の気配を感じる。さて、このお店にはもうドアすらない。どこからどうやってバーに入るのだろうか、最早、お手上げである。 私はメニューの中からシグニチャーの一つであるエスプレッソマティーニを頼んだ。それはとても香り高く、ドライジンが殊更に主張するマティーニでもない、全く新しい味わいだった。そして、とても美味い。 ここのバーテンダーは腕がいいんだ、と友達が言う。彼が少し食べたい、と頼んだポテトフライも、実にうまいポテトフライだった。揚げ方も上手なんだけれど、バーらしくトリュフがまぶされ香り高い。 二杯目はこの店で一番お勧めを聞いてみた、ベーコンサングリア。ベーコンをどうやって使うのだろう、と思っていたら、ヒラヒラ宙を舞っていた。 かじりながらお飲みください。なるほど。 台湾で都合四件のバーの旅。どの店も趣向を凝らしており、バーテンダーの質もとても高かった。全てのカクテルに工夫が凝らされており、バー文化の質の高さを感じる。とにかく、どのお店も楽しい。 結局、自分で扉を開けることができたのは最初の一件だけだった。このお店に限って言えば最早、その扉を開けれる気が全くしない。 そこは、敢えて書かないでおきたいと思う。興味がある人は先ず、自分の目でよく確かめた方が楽しい。 このお店のカクテルはかなり印象的だった。まだ試したカクテルは二つだけ、違うものも試してみたい。 お店の空間はとにかく洒落ていて、しかしとても心地よい。やはり、この扉だ。この隠されたバーというのは外部から遮断される感覚が店を引き立てている。ほんの些細な仕掛けのようだが、この隔絶感はまるで異界に紛れたように感じる。 最後に葉巻のようなショットをみんなで飲んで、お会計をして店の外に出た。もちろん、入口と出口は違う場所にある。外に出たらそこは静かなテーラー。 映画のキングスマンに出てきそうな綺麗な紳士服。この突然の落差に皆が声を揃えて現世に戻ってきたなあ、と言う。 実に、素晴らしいバーである。

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兵庫県

パン屋

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【こんなに美しいハンバーガーは見たことがない。】 三澤氏の事を知ったのはS&Bダイナーに置かれていたアメリカ文化を主題とする雑誌、ライトニングの別冊ハンバーガー特集だった。当時既に三澤氏はエスケールという有名店のハンバーガーを元パティシエの北垣氏に任せており、ハンバーガーのシェフとして現場の現役を一旦退いた形で特に、ハンバーガーにおけるバンズについて語っていた。私の中のイメージは、三澤氏はパン職人であった。そのハンバーガーに特化したムック本の中でその対談は見開き4ページを使い、西と東の重鎮が語る、といったものだったと思うが、もちろん西の重鎮こそが三澤氏である。 その当時、私は圧倒的にS&Bダイナーの虜でありバーガーとはパティであると思っていた。分厚くて噛むと肉汁が溢れ出す圧倒的にパワフルなパティの濃厚な味わいこそが正義だと思っていたのだ。バンズは肉汁を受け止めるもの、程度にしか考えていなかった。故に、私はS&Bにたどり着いた時点でクラフトバーガー行脚をぷっつりとやめた。そこには探し求めたハンバーガーが完璧に存在していたからだ。 つまり、私にとってエスケールのイメージはパン屋のハンバーガーであり、アクセスの悪い六甲を超えたまだ先にあってチャンスがあれば一度食べてもいいかな、程度だった。その、チャンスが今日巡ってきた。久々のバーガー活動で、そのエスケールに向けて車を走らせていた時のことだった。 「あれ?エスケールのシェフ変わったって出てるよ。2017年に営業権譲渡したんだって。」 「え?シェフは今どこにいんのよ?」 「シェフは三田。三澤さんは丹波の奥の方でパン屋をやってるって。」 「そこ、バーガー出るの?」 「出る」 「ちょっ!そっち!そっち行く!」 三澤さんのお店は福知山の手前の、本当に何もない田舎にあった。古民家を買い取り自ら住みながらパン屋とハンバーガーを出している。玄関からとても素敵な空間が広がっていて、アメリカンアンティークなテーブルと椅子が置いてあり、居心地がいい。私はトミーノダブルチーズバーガーを頼んだ。トミーノは愛媛のカマンベールで、三澤さんが惚れ込んで入れているものらしい。 その、圧倒的ビジュアルに私は驚いた。ここまで美しいハンバーガーがかつてあっただろうか。いや、間違いなく今までで最も美しいバーガーに出会った。 押しつぶし、バーガーペーパーに入れかぶりついた瞬間、私は初めてバーガーのバンズの重要性に気がついた。そして、三澤さんが何故レジェンドと呼ばれ、あの対談でしきりにバンズの事を語っていたのかをようやく理解した。三澤さんのバンズじゃ無ければ。そう言ったシェフは多かったはずだが、ここまで明確に凄いとは予想もしていなかった。 エスケールの特徴はパティがチョップドミンチ、手切りでありより肉感を強く出している事だ。私のオーダーはかなりの肉厚のダブルパティとカマンベールである。 だが理解した。いくら有名なパン屋に焼かせたとて、この三澤さんのバンズには全く敵わない。このバーガー、それぞれのパーツが暴力的に美味いのに、バンズが全く負けていないどころか、がっぷり四ツなのである。 凄い。本当に凄い。パティから出る大量の油と肉汁を受け止めて尚、パンが崩れない。香ばしく、骨太で、確実に最後までパンの食感が保持されていた。しかし硬いパンなわけでもない。ふっくらと存在しているのに、、、 信じられない。これが、エスケールのハンバーガーだったのだな。このハンバーガーで人生が変わった人は多い。クラフトバーガーが今ほどなかった頃から本物のハンバーガーを提供していたエスケール。その、レベルの圧倒的な高さ。 レジでお会計をしている時に、厨房にいる三澤氏を見つけた。やっぱり現場が好きだからとエスケールを手放し、新たにこの場所で週に3日、パンを焼いてハンバーガーを作る。丁寧な仕事。圧倒的な技術力。こちらを振り向いてまた来てくださいね、というその笑顔はとても優しい。 私はバゲットを買って帰った。そこには何も説明はなかったが、その味は驚くほど美味い、これはバゲットトラディションだろう。天然酵母とゲランドの塩で厳格に作らないとこの味には絶対にならない。何もつける必要なく、ちぎって食べる。完全に完結した味で、何かを足す必要が微塵もない。 バーガー友達は僕に言った。 「こんな一つ一つが命がけのような味がするバーガーを毎日作るなんて本当に信じられない。」 僕も、そう思う。