関内が好きです。 そこに在る澤はもっと好きです。 横浜は華やかだけど濁った街のはずでした。 今から20数年前、札幌から越して来た頃の横浜には、まだ生活臭と機械油の匂いが残っていました。 元町や山手の瀟洒な西洋造りの住宅が並ぶその眼下には、美しい豪華客船だけでなく汚れた貨物船も浮かんでいました。 アメリカの将校の貴婦人や青い眼の子供達が闊歩する重厚な石造りのエキゾチックな街並みの裏通りには国籍不明の娼婦が立って居て、港湾労働者が朝から呑んでいました。 今では普通の街となり、みなとみらいや横浜駅界隈は今日も普通に賑わっていますが、以前の横浜は陰影に富んだ街でした。 そんな昔のヨコハマの光と影の面影を残す馬車道に在る、日本料理 澤。 2人だけでやっている小さな懐石料理店ですが、私は「外で食べ物を頂く」意味の多くをこちらから教わりました。 愉しい席には幸せを、自惚れた日には戒めを、疲れた夜には癒しを、嬉しいときには興奮を、何度与えて頂いたことでしょう。 見た目も華やかで美しい料理達は、お客のことだけを考えた丁寧で洗練された技で、四季の旬を味あわせてくれます。 気さくで、清潔で、質素で、謙虚で、自分達の腕に奢らないから、今日も進化を続けています。 何かというと理由を付けては此方のご馳走を頂いてきました。 別れた先妻も私も世界一好きな店は澤です。 自他共に認める美魔女だった先妻も少しだけ年齢相応になりつつあります。 魚介は海や河から獲ったばかり、野菜や山菜は土から掘ったばかり、果実は木からもいだばかり、そんな素材の味を愚直なまでに丁寧な料理で極限まで引き出します。 生けるものの命を食べて自分が生かされていることをつくづくと実感させてくれます。 フリージャズのライブの様にドラマチックな展開のご馳走を頂きながら、月山、石槌、アイスブレイカーをグイグイ呑みながら、話は尽きません。 ただの勘違い野郎だった私に連れ添ってくれた歳上の女性。 生粋の横浜人で大人の流儀を教えてくれました。 SARSが蔓延する国にも付いてきてくれました。 私の両親や友人を大事にしてくれました。 実の息子みたいに接してくれた義父さん、義母さんのお見舞いにすら行かず、お墓で再会とは最低です…。 本当は根暗な私は、どこに行っても姐御になる貴女の太陽みたいな明るさが羨ましく嫉妬していました。 深々とお辞儀をして送られながら店を出て、初夏の夜風に吹かれながら2人で歩く関内の景色は昔と同じです。 酔いに任せて彼女の横顔に少し顔を近づけて唇を寄せてみました。 「汚いっ!」 逃げられてしまいました。 「顔つきが汚い」 「…。」 隠し切れない下心が顔に出てしまっていた様です。 来年こそは鹿児島に彼女を招待しよう。 下心無しで…。 #名店の中の名店 #上質であるということの意味 #2017年間Best振り返り投稿く